2-37 凋落した気分
「今さらですけど、行かせて良かったんでしょうか。あのまま捕まえて城に突き出した方が、面倒がひとつなくなるのでは? ヘテロヴィトやそれと繋がりのある覆面の方と、少なくとも敵対はしてないようですし」
見送ってからシャロが尋ねる。
シャロだって去りゆくフレアを無理にでも止めなかったのだから、なにか思うところはあるのだろうけど。
「そうだね。捕まえるべきだったかも。昨日の夜からフレアになにがあったのか、聞き出せたかもしれないし」
さっきのフレアの行動については、本当によくわからない。
誘拐されてから解放された経緯も、どうやってここの宿を見つけて僕たちに接触したのかも、なぜ僕に結婚を申し入れてまで組もうとしたのかも。
僕と組むのは、ヒカリに負けたのが悔しいからなのかも。もっと強い力を手に入れようとした、とかかな。
そんな推測はできても、本当のところは謎だった。
「いいえ。あんな奴は早いところ追い返すのが正解!」
「ええ。ヒカリの言う通りよ。ギルを口説くなんていい度胸してるじゃない!」
うん、やっぱりフレアにはもう少し話を聞くべきだったかも。このふたりを見て思った。
ヒカリとリーンを宥めながらの冷静な会話は、ちょっと難しかったかもしれないけどね。
そうこうしているうちに、夜も深くなる。
今夜はいまのところ、ヘテロヴィトが暴れたりはなさそうだ。
なにかあればすぐに動けるよう、交代で誰かが起きた状態を保ちながら、眠りについた。
――――
新月の夜から数日が経っていて、月明かりも徐々に明るくなっている。
ギルたちの部屋から逃げ出したフレアは、そんな月の下をとぼとぼと歩いていた。
失敗した。いきなり嫁になってやるなんて言っても、相手は戸惑うだけ。
そんなことも考えずに、あの少年に迫ってしまった。
けど、少しだけ成功するとは思ってた。
あの少年はフレアの申し出を受けると。バレンシアに婿入りして金持ちの仲間入りができるなら飛びついてくると。
庶民や冒険者は金持ちに憧れている。だから来てくれるはず。そう考えていた。
結果は大失敗だったけど。
そうとも。金持ちと庶民は立場が異なる。だったら当然、考え方も違う。
フレアはそれを、よくわかっていたはずだ。上に立つ者が見下す形で。ならば、下々の者が決してこちらに憧れるばかりではないのは当然ではないだろうか。
わかっていたはず。だけど年下の、まだ可愛さのある少年からきっぱりと断られたことが、フレアの心に刺さり続けていた。
「どうしような、これから……」
人気のない道端に座りながら、フレアは空を仰ぐ。
元々、なにか方針があったわけじゃない。
自分の家がそんなに綺麗なものじゃないとカミリアに教わってから、自分の家に帰るという選択肢は選びにくくなった。
けれど本当の姉を自称するカミリアを完全に信頼するのも、フレアにはできなかった。
金持ちの財産を狙って近づいてくる輩は多いから、怪しい人間は疑え。幼き頃、父母からそう教えられていたから。
金持ちの自己と、金持ちを忌避する自己の板挟みになって、フレアは動けなくなっていた。
だからカミリアから解放された後も、こっそり彼女の後をつけていた。
彼女が本当は何を考えているのか、探りたかったから。
途中で古い城門を抜けて牧場の方へ帰っていったから、そこから先は追えなかったけど。
周りに遮蔽物が無いから身を隠せず、見つかってしまいそうだったから。
カミリアを見失ってからも、家に帰る気にはならなかった。
着ていたのは、晩餐会の時と同じ上等なドレス。
カミリアを追いかけてたのは夜だったから、街の中も人気が少なかった。
けれど日が出たら、この格好は嫌でも目立つ。バレンシアの家はこっちを探しているだろうし、なんとかしないと。
あまり客のことを詮索しなさそうな質屋を探して、開店と同時にドレスを売りつけた。
庶民的というか、あまり上品ではない区画にある店だ。盗品ではないかとか難癖をつけられ、買い叩かれた。が、盗品かもしれない品を深く詮索もせずに買い取ってくれた。
それで安いボロ布のような服を買い、着る。
市場で安いパンを買い、食べる。
それから街の隅の人目につかない場所で、うずくまって少しだけ寝た。
まさかこんな形で過ごす日が来ようとは思わなかった。
自分は金持ち。下々の者とは違うはずなのに。今は、街の普通の住民よりも粗末な状態だ。
起きた後、昨夜カミリアが出ていった古い門へ行き、しばらく待った。
カミリアが来るのを待って、また後をつけるため。
今日も街の中心部に来るかなんかわからない。来たとして、自分の知りたいことがわかるかも限らない。こっそり尾行しても、気づかれてしまうかもしれない。
だとしても、フレアにはそれ以外の行動指針がなかった。
ほとんど考えなしの行動だった。
幸いにしてカミリアは街に戻ってきた。
荷台には大きな箱と、生きた牛が乗っている。
昨夜と同じく後をつけると、カミリアはなにかの建物に入っていった。
なんの建物かは知らない。木製の建物だけど扉は頑丈で、窓もついていなかった。
中を覗こうにも、扉を開けるしかない。そして鍵がしっかりとかかっていた。耳をすませば、牛の声が聞こえた。けどそれだけだった。




