1-9 狼退治の依頼
記入はすぐに終わり、受付嬢に用紙を返す。ふたりでパーティーを組むことも説明した。
登録作業もすぐに済んで、それぞれに鉄製のプレートが渡された。
さっき記入した内容や、ホーマラントの街で登録したこと。あとは等級なんかが書かれてある。
「これがギルドの身分証になります。街の門へ入る際の身分証としても使えます。紛失すると再発行にお金がかかりますので、注意してください。等級の説明は必要ですか?」
「いえ。知ってるので大丈夫です」
「ちょっとギル。わたし知らないんだけど」
「冒険者のランクは一等級から十等級に分かれてて、十が一番下。僕たちは登録したてだから十等級。依頼をこなしていけば等級は上がっていって、それにつれて身分証も変わってくる。一等級の冒険者は、偉業をなした勇者みたいな人に与えられる称号だから、目指すのは自由だけどなるのは難しい」
登録したのだから早く依頼をこなしたい。
少し早口で説明をしながら、依頼が張り出されている掲示板へ向かう。
ホーマラントは決して小さな街ではないし、領地もそれなりに広い。柵に囲まれたこの街を出れば、周りにはいくつかの村やそれを囲む森がある。
村に被害を及ぼす野生動物の退治の依頼は多い。例えば人を襲う狼や、田畑を荒らす野兎なんかが討伐対象。
そういう依頼は報酬も多く人気で、日の出と共に張り出されるや、直後に取り合いとなってしまう。少し出遅れると大抵残らない。
他に多いのが、森の奥にある珍しい植物なんかを採るという採取依頼。あとは領主様から出される、街の清掃や土木工事の手伝いなんかもある。
お爺さんの自慢話を代わりに聞いてくれなんて依頼も、たまにあるらしい。
それから重要なことに、それぞれの依頼には等級が設定されている。
パーティーを組む冒険者の中で一番高い等級の、さらにひとつ上の等級の依頼までは受けられる。
当然、僕たちが受けられるのは十か九等級の依頼のみ。
野生動物の討伐依頼の中には九等級のものもある。街から近い場所の討伐依頼で、人里が近いゆえに狼の側も人避けるからあまり数をこなさなくてもいいとかの理由で、等級が低くなる。
報酬は依頼主がどれだけ出せるかにも左右されるけど、達成が困難そうならギルドが上乗せする場合もある。九等級ならあまり関係ないけれど。
正直なところ、最初の内は十等級の依頼をこなして日銭を稼ぐつもりだった。
華々しく活躍する憧れの冒険者とはかけ離れた姿だけど、残念ながら僕は剣の腕が未熟だ。安全策を取るしかない。
けど事情が変わった。ヒカリは狼程度なら簡単に追い払える。
僕の協力があればこそだけど、ヒカリは強い。だったら野生動物の討伐任務を積極的に受けていくべき。
その方が等級が上がるのが早いし、冒険者として名をはせることができる。
「といっても、この時間にはもう残ってないんだよね……」
良い依頼は取り合いになる。この街はそれなりに大きいけれど、周囲に危険な怪物が大量に生息しているわけではない。
討伐依頼は冒険者の数に対して少ないから、出遅れると残らない。
やっぱり、雑用みたいな仕事から始めるしかないか。そう思いながら掲示板を見ていく。そして見つけた。
狼討伐の依頼。街の外れにある森から複数の狼が迷い出て、街の外に畑を持つ農家を襲ったらしい。
農家だって狼避けの対策はしているけれど、そこは生き物が相手。対策が効かないこともあるし、その時こそ冒険者の出番だ。
この依頼の等級は九。難しくもなさそう。それにこの森は、よく剣の練習に行く場所。土地勘もある。
やってみようと掲示板から依頼書を剥がす。と、そんな僕に声をかける者が。
「おう落ちこぼれ。その依頼は意味ないぜ。狼は全部、依頼のついでに俺らがサクッと狩っちまうからよ!」
耳障りな大きい声。その声の後に、何がおかしいのかガハハと笑う複数の声が続く。
振り返れば、大柄で髭面の壮年の男がいた。三人いる取り巻きと一緒に笑い声をあげている。
鎖を通して首から下げている身分証は、銅素材に銀のラインが二本。つまり五等級の冒険者。
この街のギルドにおいて、彼以上の等級の冒険者はいない。
そういう意味でも、また素行は悪いが腕は良いという意味でも有名な冒険者。名をブドガルという。
僕が冒険者を目指すと知った際に、無理だと嘲笑した者のひとりだ。
取り巻きのひとりが、相変わらず不快な笑い声をあげつつ一枚の依頼書を見せてきた。
七等級の依頼。依頼主はギルドで、別の依頼でとある植物を採取するために森へ入った、三人組の冒険者のパーティーが帰ってこない。その捜索の依頼。
森とは、僕がやろうとした狼討伐の森。向かう方向も同じ。
ひとつのパーティーが複数の依頼を受けることはできない。一時的にパーティーを解散して、それぞれ異なる依頼を受けて実質的に複数受けるというのも禁止。
実力者が依頼を独り占めして、結局ひとつひとつの依頼が疎かになったり、仕事にあぶれる冒険者が出るのを防ぐための措置だ。
けれど依頼遂行中に襲いかかってくる危険生物を討伐するのは、当然認められる。そして依頼外であっても、そんな害獣を討伐すればその分の報酬は出る。
ブドガルの調査依頼の道中に、この狼討伐の依頼は実質的に果たせてしまうわけだ。
他の冒険者はわかっているから、手柄が得られるはずのないこの依頼を受けなかった。そして、僕が意気揚々と実入りのない任務を受けようとしたのが愉快だったのだろう。
落ちこぼれは、どこまで行っても落ちこぼれだと。