15-59 また会う日まで
同盟の研究資料は膨大な量が見つかった。フローティアが突然暴れだした結果の壊滅だから、破棄されることなく残っている。それらは全て学術院が回収して、調査することになった。
参考にして、今後の動物学の発展に活かすという。
もちろん、倫理にもとる研究については真似するわけにはいかない。しかし記録としては貴重なもの。忘れてはいけない負の歴史として、これも把握して置かなければいけない。
いずれにせよ、同盟が長きに渡って蓄えてきた知識の数々だ。この国における動物学は、今後飛躍的に発展するとされている。
そんな情報を見聞きしつつ王都で過ごす間に、フレアが故郷に帰ることになった。
さすがに、少し旅をするって程度の冒険ではない。そろそろ帰らないと、本気で領主様から怒られるそうだ。
それは僕たちも同じだけど。そろそろハイリッドの、新しい父の元に行かなければ。そこで生活をすることになるのだから。
「じゃあな。みんなの居場所はわかってるから、遊びに行くぜ。あそこで働くのもいいが、街の外を駆け回る方がずっと楽しいからな」
フレアの力を頼りにしている街の人からすると、随分と不安を掻き立てる言葉だろうな。彼女は愉快そうに笑いながら、故郷への道を行く。
僕たちも行くか。
荷造りと言っても、元々が旅人だから軽装だ。
ここまで僕たちを運んでくれた馬車に、みんな乗り込んで行けばいい。ヘムとは途中で別れるから、どこかで別の乗り手を探さなきゃいけない。
街で依頼を出そう。馬に乗れる冒険者ひとり募集、と。大きめの街なら簡単に見つかるだろう。
多分僕は、今後は富裕層側としてギルドに依頼を出す側になるのだろう。たまには、自分で受けてみてもいいけど。
王都でお世話になった人たちに挨拶をする。あと、王都に残るというシャロとライラにも。
「後のことは、わたしたちに任せてください。同盟の残党狩りや保護したヘテロヴィトの観察、軍事院の監視など、サラ姉さんたちと協力してやりますので」
「シャロ、がっこうにいきながら、いえもてつだってるんだよ。すごいよね!」
「ライラの助けがあってこそですよ。最近は屋敷のメイドさんに混ざって、仕事を手伝うようになりましたから。主にわたしの世話ですけれど」
「ゆみいがいも、できるようにならないとね」
「そうか。ライラにもハートメアリーさんの教えを授けたかった……」
「それは、えんりょしておく」
ライラはこういうところ、ドライだなあ。
戦う意外の仕事を見つけたのはいいことだ。たぶん、遠出をして弓を射る機会ができた時の方が活き活きしてるのだろうけど。
「まあそういうわけさ。学術院のことはわたしたちに任せておいてよ。グレンさんもいるし、魔法少女も大勢いる。なんとかなるさ」
「あとは、そろそろサラ姉さんの結婚相手を探そうかなと思います。レンフィール家の将来を安定させないと、卒業しても王都を出られませんから」
「シャロ!? いきなりなにを!」
「同盟がなくなって、サラ姉さんもそろそろ前を向く時期ですよ。ずっと独り身というわけにもいきません。いい人はいませんか?」
「それは……あー……なんというか」
いるんだろうな。サラの様子を見ながら、シャロはこちらに微笑みかけた。
「ギル。一時の分かれね。一年以内に確実に会えるから、寂しくはないわね。全然」
「う、うん。全然……」
エイラとは別れというわけじゃないし、寂しくないのは事実だけど、でも押しの強さには引いてしまった。
母親は今日も仕事だから、残念ながらここには来れなかった。それは新たな仕事場でしっかり働けていることを意味している。
仕事ぶりの評判もよく、アリエッタの両親からも信頼されているという。エイラをバエリラの学校に通わせるだけの給金は、十分すぎるほど稼げる見込みだ。
だからヒカリも危機感は募らせつつ、余裕を見せつつエイラとは友人でいようと思っているらしい。
「うん、またねエイラ。バエリラで会おうね。わたしもギルの隣にいるから。ギルの隣に、いつもいるから」
とまあ、かなり余裕そうだった。
「さようなら。いつでも遊びに来て」
「待っている。逆に助けが必要なら、すぐに飛んでいく」
フウとハーピーは、やっぱり揃って端的な言い方をしている。けど、気持ちは伝わってきた。
それから、もっと無言なのが。
「…………」
チリーが僕の手をぎゅっと握った。
暖かい手だった。
「また、会いたい」
「うん。またね」
「マリーと一緒に待ってる」
「はい。チリーも、最近はよく笑うようになったんですよ」
「……うん」
なるほど。確かに、前と比べると表情が豊かになっている。
気のせいではない。絶対に。
「シリカさんたちも来れば良かったのですけれど」
「昨日、イミラさんたちと一緒にお別れを言ったから、それでいいかなって」
スラム街にもお世話になったし、お別れはしっかりとした。
イルクスの最後も、イミラさんには全て話した。
最後まで己の願いは叶わず、しかし叶ったと誤解していた息子の最期に、彼女は深いため息をついていた。
息子は最後は幸せだったのねと、絞り出すように言った。それは、一種の母の愛だったのだろうか。




