15-52 凍る毒
フローティアはミーレスを新しく出すし、逃げながら爆発させまくったと思われるグレイグのおかげで廊下は障害物だらけ。大きな盾を構えたまま走るのは困難。
「広い場所に出たいです。相手も開けた場所の方が触手を展開しやすいでしょうけど、こちらも大勢で周りから攻められます」
「よし。じゃあフローティアに近づいたら、壁に叩きつけてどこかの部屋に突入しよっか。問題は、どうやって近づくかだけど」
今のルミナスの発言、壁をぶち破って部屋に入るってことだよね。いつもながらやり方が豪快だ。
それで、方法だけど。
「わたしがやる」
短く、フロストが言いながら隣に来た。
手にはミーレスの死体を持っていた。凍らせていて、かなり硬そうだ。
「援護して」
「はい。任せてください。皆さんは、フローティアに隙ができれば先ほど行っていたように壁に叩きつけてください。あと、ミーレスの排除もお願いします」
フロストの要請に当然ように応えるマリー。ここは任せよう。
僕が頷くのを見て、ルミナスは盾の一部を欠けさせた。マリーが通り抜けられるだけの幅だ。
そこから、フロストが先に向こう側へ移る。即座にミーレスが襲いかかったし、フローティアも毒液を吐いた。
ミーレスに関しては任されているし、しっかりやろう。フロストの足元に球体の闇を転がして狼たちの足元をすくう。棘や刃に形を変えて、奴らの四肢を切り刻んでいった。
そして毒液の方はといえば。
「……」
放物線を描いて飛んでくる毒液を、フロストは睨みつけた。初歩的な凍結魔法なら、彼女は手をかざすまでもなく使える。
そして初歩的とはいえ、とても強力だった。
毒液が空中で凍る。なおも動きは続くから飛んでくる毒の氷を、フロストは手にしたミーレスの死体を振って払う。
凍っているゆえに、死体は溶けなかった。フローティアは再度同じように毒液を吹いたけど、結果は同じ。
三度目はなかった。フロストが眼前まで接近してたから。フローティアは既に両腕を折られていて、魔法は使えない。それでも触手でフロストを複数方向から同時に攻撃を試みた。
「さません。ファイヤーボール」
お手本通りの詠唱付きの火球がマリーの手から放たれた。ただし複数の火球を同時に、妹に迫る触手の側面に正確に向けての攻撃。
いくつかはフローティアが気づいて触手の軌道変更をしたから回避できた。しかし複数個は触手に直撃。
僕たちもまた、マリーに言われた通りに接近していく。
フロストが空中にいくつもの氷の礫を展開しては触手の動きを邪魔していた。そこにマリーの火球が次々に当たる。
フローティアは再度フロストの方を見て毒液を吐こうとした。それを阻止するため、僕の闇が襲いかかる。それを避けるために彼女は姿勢を低くした。そこに、僕が肉薄。
彼女の胴を掴む。皮膚の柔らかい感触ではなく、硬い鱗が布越しに感じられた。しかもかなり大きい。だから、つかみやすい。
「死ね!」
実の姉に対する本気の殺意と共に、僕は彼女の体を近くの壁に思いっきり押し付ける。肩にバラバラと冷たいものが落ちるのを感じた。フローティアが防御のために吐いた毒液が凍ったものだと、すぐにわかった。
その間の触手の牽制は? 視界の端に、光の矢と鉄の矢が見えた。少しだけ、普通の木製の矢も。それらはフローティアの頭部も狙いつつ、僕への誤射を避けるために触手の牽制に専念していた。
だから僕も、仲間を信頼して自分の動きに専念する。鱗の隙間に服越しに指をねじ込んで強く掴み、腕に思いっきり力を込めてフローティアの体を動かす。
敵の体が背中から壁に激突した。側面は柔らかい触手が生えている体だけど、関係ない。力任せにぶつけた結果、木製の壁は壊れて砕け、フローティアの体は向こう側へと貫通した。勢いがつきすぎて、僕の手からもフローティアは離れて投げ飛ばされた状態。
同時に、悲鳴が上がった。何人もの女の悲鳴だ。
フローティアから手を離し、壁の穴から向こうを見た。
奴を飛び込ませた部屋の中に、何人もの若い女がいた。部屋には窓もあったけど厳重に塞がれていて、他に出入り口もない。監禁された状態だった。
彼女たちが、エントロルの街から連れてこられた女か。ヒカリたちの代わりとして愛でていた。
フローティアが、彼女たちを本能的に愛した結果殺す。そんな可能性をシャロは危惧していた。どうやらフローティア自身もそうするつもりらしかった。
「ああああ!!!」
「やめろ!」
女の方に伸ばした触手を闇で阻止する。
「ここは危険です! 逃げてください!」
シャロが女たちに呼びかけた。逃げろと言っても、彼女たちは逃げられないからここにいる。とりあえず部屋の隅に退避させて。
「またまたわたしの出番だね! 任せて任せてー」
アースが床をぶん殴り、ヒビを作って床板を引き剥がす。そして土を露出させてそこに触れた。
床をぶち破って、さっきの土の手が再び現れる。さっきと比べれば小型だけど、室内で暴れさせるには十分だ。
それが壁に取り付き、自身の腕力と土の重さで壊していく。
「あああ! あああああ!!」
女たちに逃げられると察したのだろう。フローティアはそこに向かって走ろうとした。けど、当然そんなことは許さない。




