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2-29 養子

 怒りを滲ませるフレアに対して、カミリアはなおも涼しい顔。


「あなたの家が今夜晩餐会を開くため、牛を届けるようにとの注文がありました。品質は高くなくていいとも。ふざけていますよね。質の低い牛を、うちが卸すとでも思っているのでしょうか。そもそも大事な晩餐会なら、いい牛を求めるはずでは?」


 表情も口調も、どこまでも穏やかな語り方。

 なのにその裏にある憎悪の感情を、フレアは察していた。


「牛を屠り、肉にして屋敷まで届けましたよ。そこで謎が解けました。あなたの父親と料理人が話すのを偶然聞いたんです。料理に痺れ草を混ぜろ、と。来るのは物の味もわからないような冒険者風情だから、料理に手間をかける必要もないとも言ってました」


 さっきの、ルミナスたちが招かれた晩餐会のことだ。

 あのテールスープに入っていた肉は、この女が届けたものだったのか。


「ふざけていますよね。わたしは牛を、人に食べさせるために育てています。おいしい牛を食べて、誰かが幸せになるために。お金持ちの策謀のために使うのではありません」

「それは……悪かった。父に代わって謝る」


 カミリアの怒りがもっともなのは、フレアにもよく理解できた。

 あのやり方は卑怯だとフレアも思っている。この手の決着は、正々堂々とつけなければならない。毒を使うのは、フレアの美学に反していた。


 フレアが父の代わりに謝ったところで、なにが変わるわけでもない。けれどカミリアは少し驚いた顔をした後に、ふっと笑った。


 優しい笑みだった。


「フレアお嬢様は、両親や他のきょうだいと違って、わたしの怒りを理解してくださるのですね。やはり、家族とは少し違うようです」

「やはりってなんだよ。それにアタシは、家族とはなにも変わらないぞ」


 家族よりも魔力保有量が劣っている。そんな心の奥底の不安を言い当てられたような気がしてドキリとする。

 けど、カミリアがそのことを知っているはずがない。


「いいえ。フレアお嬢様は他の家族とは決定的に違います。例えば今の口調とか。お金持ちがするものではないでしょう?」

「あ……これは……なんでもない、ですわ。ちょっと混乱して、おかしくなっただけです」

「無理はしなくていいんですよ、フレアお嬢様。自然な話し方でいいですよ。その方が、お嬢様も楽でしょう?」

「それは……そうだな……わかった」


 いつの間にか、目の前の女と打ち解けている自分がいた。

 相手は庶民。あまり仲良くすると父がうるさいだろうけど、カミリアが悪人とは思えなかった。


「フレアお嬢様。その口調もそうですけど、自分は家族とは違うと思うことはありませんか?」

「それは……少しだけなら」


 魔力量のことが、また頭に思い浮かぶ。

 容易にそれを口にするのはまずいとわかっているから、詳しくは言えなかったけど。


 そしてカミリアは、すべてをお見通しという雰囲気で話を続けた。


「その不安、よくわかります。わたしはその理由を知っています」


 馬車の御者席から振り返ったカミリアが、身を乗り出してフレアに接近する。


 不思議と、逃げたいとは思わなかった。


「フレア。実はあなたは、わたしの妹なの」

「……は?」


 カミリアが大真面目な顔で言ったその言葉には、どう反応すればいのかわからなかったけど。


 ふわりと夜風が舞った。カミリアの長い茶髪が揺れる。

 そういえばこの髪色、自分と同じだなと、フレアは妙に他人事のような気分で思った。


「ごめんなさい。いきなり言われてもわからないですよね。順を追って説明しますね。これまで魔法の力とは縁のなかった家系に、突然魔術の才能がある子供が生まれる現象は知っていますか?」

「ああ。知ってる。たまにあるらしいな」

「小さな子供の頃にその才能が明らかになった場合、お金持ちの家に養子に出されることも多いです。魔法に関して知識のある家の方が、その力を正しく使えます。子供を教え導く上でも、その方がいいと」


 それは道理だ。それに、庶民の生まれの者が上流階級に入る数少ない手段のひとつでもある。養子に出すのが当然だ。


「もちろん、親の中にはそれを拒む者も多いです。自分の子供を手放したくない、と。当然ですね」

「いや、それは……当然なのか? だって名門の子供になれるんだぞ?」

「親子の愛情とはそういうものです」


 たしかに親元を離れるのは寂しい。

 そんな気持ちもわからなくはない。けどもったいない。


 魔法の才を持った子供が親の元で成長し、親の仕事を継いだり冒険者になって、独学で習得した不格好で非効率的な魔法を仕事に役立てる例は何度か見てきた。


 無意味だと。もっとうまいやり方があったはずなのにと、フレアは歯がゆい思いをしてきた。


「養子に入るか入らないかを選ぶのは親次第。そしてフレア。あなたの話に戻るのですが、あなたの両親は……つまりわたしの両親でもあるのですけれど、赤ちゃんだったフレアをバレンシアの家に養子に出すことを了承しました」


 赤ちゃんだから、当人にとっては最初からその家に生まれ育ったようなもの。

 フレアが自分の出自に関して、なんの疑問も持っていなかったのも当然。


「い、いやいや! まさかそんな! アタシが、庶民の生まれ……牧場主の子供……?」


 一瞬、受け入れけてしまった。そんなことありえないはずなのに。


 家族の誰からも、そんな話は聞いたことがない。


 いや、当然か。

 赤子の頃に引き取られたなら、最初からバレンシアの家の子として育てた方がいいに決まっている。

 そんな話、わざわざする必要もない。フレアを無駄に混乱させるだけだ。


 ちょうど今みたいに。

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