2-28 カミリア
残念ながら泥棒本人を見つけることはできず、便乗して盗みを働こうってつまらない小物ばかりが見つかったけど。
そんな奴でも街の治安を乱す悪には変わらない。
だから、仕置として顔を焼いた。これで盗みを働く奴が恐怖し、躊躇うなら効果があるだろうと。
並の人間が相手なら、魔法少女にとっては敵ではなかった。
かわいい格好をした女の子と見くびり抵抗する輩もいたけど、簡単にねじ伏せることができた。
この万能感。これこそが欲しかったもの。
この街に、いやこの世界に敵なんかいないと思えた。
なのに奴が。同じ魔法少女が現れた。
光の魔法少女ルミナスを名乗るそいつは、ブレイズと互角以上に戦った。勝てない。負ける。
いいや違う。ルミナスなんか、本当は敵じゃない。あいつの周りには味方がいる。その力に頼らなければ満足に戦えない。
特にあの異常者の少年。あの子から魔力を吸い出さない限り、変身もできない。
異常者の力を頼るなんて恥知らずな。これだから庶民は。下賤の者は。
だけど実際、ブレイズはルミナスに負けた。
負けたどころか、押し寄せる牛から守られた。そしてブレイズは、暗闇の中から突然出てきた何者かに薬を嗅がされ、気を失って――。
―――――
眠っていたらしい。嫌な夢を見た。自分の体質に関する想いや、魔法少女になった時の記憶の夢。
いつの間にか変身が解けていたフレアはあたりを見回した。
気を失った時と同じく、夜だった。月の形が変わっていないから、同じ晩だと思う。
東を見れば、空は少し白んでいるようにも見える。日の出が近いらしい。
屋敷を訪れた無礼な冒険者の集団が出ていって、代わりに牛が入ってきて屋敷の中で好き勝手に暴れた。
家族たちが怖がる中、フレアは自分の部屋に戻って閉じこもるふりをして、屋敷を抜け出して変身した。
家族や使用人は、フレアがいなくなったことに既に気づいているだろうか。そうじゃなくても、朝になれば確実に知られる。
早く屋敷に戻らないと。それで、いなくなった言い訳をしないと。
ここはどこだろう。空が見えてるから外だと思う。
だけど自分が寝ていた場所は、屋敷の床のように硬い。たぶん木製。
表面の処理が甘く、所々がささくれ立っていて痛い。
傍らに大きな木箱が置かれていた。何が入っているかは知らない。
そして、かすかに振動していた。自分は寝ているのに、動いているようだった。
気がついた。これは馬車の上だ。
それもバレンシアの家で使うような、優雅で洗練された座面を持ったものじゃない。庶民が物を運ぶ際に使う、粗末な荷車。
「気がつきましたか、お嬢様?」
「っ!?」
声がした。明らかにこっちに話しかける声。若い女の声だ。
けれど何者か分からず、フレアは飛び起きてブレスレットに手をかけようとして。
「あうわっ!?」
道の凹凸に車輪が乗り上げたのか、馬車が揺れる。
急に立ち上がった瞬間にそれが起こったものだから、フレアはたまらず転倒。腰を荷台に打ちつけてしまった。
それからもうひとつ気づいた。魔法少女のブレスレットが手首にはめられていない。まさか無くしたのでは。
「ふふっ。ごめんなさい。お金持ちの乗るような豪華な馬車とは違って、よく揺れるんですよね。痛かったですか? ああ。この腕輪、もしかして大切なものでした? お嬢様に持たせていると危険だと思い、預からせてもらいました」
声の方に目を向けると、若い女が馬を操っていた。
こちらを見ることなく、片手でブレイズのブレスレットを掲げてフレアに見せつける。
「てめぇは何者だ!? それを返せ!」
「これは失礼しました。自己紹介がまだでした」
敵意をむき出しにして威嚇するフレアに対して、女は涼しい態度を崩さない。
馬車は速度を落として、道の端に止まった。
周りを見れば建物が大勢ある。どこなのかは知らないけど、街の中なのは間違いない。建物の感じを観るに、そんなに立派でも綺麗でもない。個人が住んでる住宅だろう。
それも、そんなに裕福ではない層の。
フレアが普段まったく関わらないような場所だ。
まったく知らない場所に連れてこられている状況に怯えるフレアをよそに、その女はこちらに向き直った。
「わたしの名前はカミリア。城壁の中で酪農をしている家の娘です」
「酪農?」
「言葉の意味はわかるでしょう? 牧場ですよ。牛を育てて乳や肉を売る。うちの家は、あなたの家と契約を結んでいるんです。発注があれば、すぐに肉牛や乳製品を届けると」
フレアは、自分の家の食卓で出る肉が、どのように家まで来るかを知らなかった。
興味すら持ったことはない。目の前の、カミリアなる女の存在も知らなかった。
けど、説明された意味はなんとなくわかる。
「つまりあんたは……うちの使用人ってことか?」
紡ぎ出した返答に、カミリアはクスクスと笑った。
「違いますよ。わたしは、あなたたちみたいなお金持ちに使われるつもりはありません」
「てめえ……」
どこか挑発的な口調で否定したカミリアに、フレアは怒りを感じる。
この女が自分を攫ったのは間違いない。
怪物に殺されかけてたから助けたとか、そんな親切心からの行動じゃないのはわかってきた。