2-24 悪しき司政官
とにかく、牛の体当たりをなんとか止めて、転倒させることに成功した。
すかさず首のあたりに槍を刺した。全体重をかけて押し込み、牛の太い首を槍が貫通した。血が吹き出て、あわてて身を引いた僕の体を微かに濡らす。
「これで全部かな? ブレイズは?」
「あっち! 行こう!」
ルミナスはまだ体力があるらしく、覆面の人物が去っていった方向へ走り出す。
僕もすぐに追いかけたけど、魔法少女の脚力には敵わない。
ルミナスは通りが交差した箇所まで走って、そこで止まった。
「見失った。というか、どっちに行ったかわからない」
「どうする? 手分けして探す?」
ルミナスは僕の提案に、首を横に振って答えた。
「たぶん、相手は途中から馬かなにか使ったんだと思う。それか、牛のミーレスかもしれないけど。そうじゃなきゃ、ブレイズを背負ったまま走り続けるのは不可能」
「そっか。じゃあどうしよう。放っておくわけにはいかないよね?」
これでもルミナスは、ブレイズの性根を叩き直そうとしていた。
ブレイズにはかなり失望してるところはあっても、同じ魔法少女として放っておけない気持ちはあるはず。
そうでなくても、これはお金持ちのお嬢様の誘拐事件だ。放っておくわけにはいない。ヘテロヴィトが絡んでる可能性が高いなら、なおさら。
「とりあえず、リーンたちと合流しよう。それから対策を」
ルミナスに提案しかけたその時、複数の足音が耳に入った。ガチャガチャと鎧がすれる音。
昨夜も何度か聞いた。兵士が歩く音だ。
それも数人じゃない。十数人の部隊がこっちに駆けつけてきた。
暴れ牛の集団を駆逐するためと思ったけど、どうやら違うらしい。
十数人の兵士は僕とルミナスの周りを取り囲み、槍を突きつけてきた。明らかにこっちに敵意を持っている様子だ。
「え? なんで? わたしたち、なにか悪いことした?」
「してはないけど心当たりはあるかな」
お金持ちが集まる地区で大暴れしたら、怪しまれるに決まってる。
しかもその直前、僕たちはお金持ちや城の人間に、ずいぶん失礼な態度をとった。必要なこととはいえ、相手を怒らせるには十分だろう。
「ごめんギル。捕まっちゃった……」
「すいません。突然兵士に囲まれまして。抵抗するのも良くないと思いまして」
「わたしたちじゃ、かてなさそうだった」
兵士の群れが割れて、両手を背中側で縛られたリーン達が連れてこさせられていた。ああ。捕まったんだな。
街中で冒険者が暴れてたから捕らえられたってわけではあるまい。
暴れ牛を退治していたなら、一応は街の味方をしてる立場だったはず。ならば、誰かが捕まえるよう指示をしたんだろうな。その誰かといえば。
「ようやく捕まえたぞ! 不届き者どもめ!」
「さっきまでとは、随分態度が変わってますね。司政官さん」
「黙れ!」
兵士の背後に知った顔。さっきはバレンシアの屋敷で顔を合わせた司政官だ。
屋敷の入り口で僕たちは戦ってたわけだけど、裏口から逃げ出したとかかな。
魔法少女の力を狙って、僕たちに親切そうな人を装って近づいてきた。バレンシアの家とも結託したけど、悪巧みがバレた今となっては隠すつもりはないらしい。
「お前たちのその力は危険だ。個人が、一介の冒険者が持っていいものじゃない。この街で管理するべきだ。だからその力を、力の源であるブレスレットをよこせ」
「嫌って言ったら、どうする?」
ルミナスが挑発的に拒否すれば、司政官の男はこちらを軽蔑するように鼻で笑った。
「下賤の者が交渉ができる立場だと? 身の程をわきまえよ。……そうだな。例えばこういうのはどうだ? 拒否するならば、この捕らえた仲間の首をひとりずつ撥ねるというのは――」
「死ね」
低く唸るように、怒りのこもった声でルミナスは言うと、密かに作っていた光の矢を数本放つ。
ひとつは司政官に向けて。残りはリーン達に剣を突きつけていた兵士に。
殺意は間違いなく籠っていたけど、実際には司政官の肩を貫くだけだった。
ぎゃっと悲鳴がして、下劣な男が肩を押さえてうずくまるのと、僕たちが動いたのは同時だった。
僕は剣を持ちながら、リーン達を拘束する兵士に向かって走る。
リーンもまた、近くにいた兵士に対し、少し身を引きながら胴に蹴りを食らわせていた。
リーンに剣を突きつけていたその兵士は態勢を崩して倒れる。
彼らもルミナスの矢で多少なりとも負傷していて、リーンたちになにかする暇はなかったらしい。
「みんな! こっち見て!」
ルミナスの声。なにをするつもりか察して、見ないことにする。
ルミナスだって僕らが見ない瞬間を測って言ったのだから。
呼びかけた相手は、周りを囲む兵士。
指揮官の負傷に微かに動揺していた兵士たちは、ルミナスの言葉に反射的に反応してしまった。
ルミナスはたぶん、巨大な光球を作って掲げたのだろう。
一瞬、周囲が真昼のように明るくなる。けれど本来は真夜中。兵士はみんな、目が夜の暗さに慣れている状態。
光球を目にしてしまった兵士たちはつまり、日の光を直接見たようなもの。皆揃ってに目を覆い、あるいは伏せていく。
その間に僕はリーンに近づき、両腕を拘束していた縄を剣で断ち切る。
次いでシャロの方に向かおうとしたけど。
「あ、わたしは大丈夫です。自分で切っておいたので」
シャロは、袖に隠していたらしい小さなナイフを見せながらそう言った。こういう時の備えは抜かりのない人だ。
「先日のヒカリさんが脱出した時の話をきいて、真似しようと思ったんです。こんなに早く役に立つとは思いませんでしたけど」
ライラの縄を切りながら説明を続けていた。僕の屋敷で、姉やスキュラの前で拘束を解いた時のことかな。
そんなことを考えながら、僕は近くにいた兵士の腹を殴り、姿勢を崩したところで顔面を殴った。
相手は大人で僕より上背があるけど、怯んでる状況なら問題なく勝てる。