1-8 冒険者ギルド
この世界の上層階級の人間なら知っていることでも、本当に違う世界から来たらしい彼女にはわからないのだろう。だから話せることは全て話した。
体質のこと。それが理由で家族から疎まれていること。だから剣で名を上げると決意したこと。
「なるほどね。でも、わたしは出せないはずの魔力を引き出せた」
「うん。なぜかはわからないけど。自分で魔力を使うのは無理なのに」
「たぶん、このブレスレットに理由があるんじゃないかな。そこにある魔力を無理やり引っ張り上げる、みたいな機能があるの」
「引っ張り上げる?」
「それか魔力が流れ込むようにしている、とかかな。わたしの世界って魔法使いなんてひとりもいないし、魔力なんて物も無いって思われてるの」
「そんな世界で、ヒカリはこれまでどうやって魔力を手に入れてたの?」
「神社に行くの」
「ジンジャ?」
「神様を祀る所。この教会で信じられてる神様とは別の神様なんだけど、わたしの世界にもそういう神様がいるの。わたしの住む街にある神社にはどうやら地下に魔力が流れてるらしくて、ブレスレットを地面に置くことで魔力が流れ込んできて補充できる」
それと同じように、僕の体から魔力を吸い出して使いこなせる。僕には使えない魔力を。
「魔法少女の力はどうやって手に入れたの?」
「えっと。学校の先輩から受け継いだ……とか?」
その力を羨ましく感じて、それから魔法がない世界に魔法を使える人間がいることを奇妙に思い、尋ねた。
けど彼女は、目を泳がせながらはぐらかす。それから。
「それよりも! わたしはこの世界だと魔力の補充ができない、無力な魔法少女なの。そしてギルは、わたしがいれば魔力を有効に使える。わたしたち、いいコンビになると思わない!?」
「それは……確かに。僕もそう思う」
話題を変えたのは、話を逸らすためなのかも。けどその言葉に嘘はなかった。僕の魔力を使える人間に、初めて出会えた。こんな幸せは他にない。
夕飯が出来たと子供たちが呼びに来るまで、ルミナスは僕の手を握って見つめ続けていた。
その日の晩は、僕も教会に泊まらせてもらった。屋敷に帰りたくなかったし、今後も帰る気にはならないだろう。
翌日。日の出前に起床。神父様や子供たちに丁寧にお礼を言いつつ、ふたりでギルドに向かう。
ギルドは街の中心部にあり、そこに近づくにつれて周りの建物も大きい物が増える。
魔法使いの名門や代々領主様に仕える騎士なんかの、お金持ちの屋敷が立ち並ぶのも街の中心付近だ。僕の家もこの近く。
当然ながら、道行く人も僕を知っている者が多い。もう慣れたことだけど、心無い中傷の声が聞こえる。恥さらしだの無能だの。毎日飽きもせず繰り返すばかり。
今日は目立つ格好をしているヒカリを連れているから、いつもより注目を集めているようだ。
セーラー服だっけ。ヒカリの世界では普通の服なんだろうけれど、どこかで着替えてもらわないといけないかも。
そんな嘲笑を聞き流しながら、ようやくギルドの建物に着いた。
古い歴史を持つ街の建物の中では、建てられたのが十五年ほど前だから比較的新しい。それでも立派な作りをしていて、冒険者という職業の必要性を街に向けて喧伝している。
そう。冒険者は立派な職業。そのはずだけど。
扉を開けて中に入る。ちょうど依頼が張り出された直後で、建物内にいる冒険者は多い。そして、一斉にこちらに視線が向く。
見ろよ、金持ちのお坊っちゃんの登場だぜ。あんなガキに冒険者が務まるかよ。何日でくたばるか賭けようぜ。
冒険者はその性質上、荒くれ者がなるのも多い職業だ。
単に豪快な性格だけならいいけれど、陰湿で人の不幸が好きな性質に暴力性を纏った人間もいるからたちが悪い。
そんな奴らには目もくれず、ヒカリを伴って受付のカウンターに向かう。受付のお姉さんが、僕に営業的な笑顔を向けた。
ラトビアスの末っ子が今日、ギルドの登録をしに来るというのはこの受付も知っているのだろう。ならば早く用事を済ませよう。
「ギルド登録をしに来ました。僕と彼女の二人分です」
ヒカリを見て、受付嬢も少し困惑した表情を見せる。けど、素性のはっきりしない者が冒険者になることは珍しくない。
すぐにいつもの笑顔に戻り、登録用紙である羊皮紙を二枚渡した。
「この世界の文字はわかる?」
「全然。なぜか言葉は通じるんだけど、文字は駄目なの」
「そっか。じゃあ代わりに僕が書くよ」
書かなきゃいけない項目は多くない。名前、年齢、職業。
名前は「ヒカリ・ナナセ」でいいかな。年齢は十四。
「職業って?」
「剣士とか弓使いとか魔法使いとか。あとは斥候とか。どういう武器を使うか、なんの役割を果たすかを表すもので、パーティーを組む時に参考にする」
「パーティー? みんなで集まってお祝い的な?」
「そうじゃなくて。何人かの冒険者の集団のこと。誰とパーティーを組んでるかも、ギルドに登録しなきゃいけない」
「なるほど。勉強になる。わたしの場合はどうなるの? 魔法少女でいいの?」
「周りから見てなんの職業かわかるのが大切だから。昨日は剣で戦ってたよね?」
「確かに、剣で戦うことは多いかな」
「じゃあ剣士で……僕も同じ剣士にする」
「魔法使いじゃないの?」
「使えないからね」
我ながら情けない理由だ。