2-21 イグニッション・ブレイズ
外にはさらに別の牛がいた。通りを挟んで向かいの屋敷の敷地に押し入る牛もいる。
もしかしたら、近隣の屋敷に無差別に襲いかかっているのかも。
さっきから騒がしかったのは、この金持ちが集まる通りを牛が暴れまわっていたからなのだろう。
ヘテロヴィトの姿は見えない。目についた牛を殺しながら探すしかないか。そう考えていると。
「待ちやがれ!」
背後から声がした。知っている声と口調だった。
「この騒ぎはお前らが起こしたのか!?」
振り返ると、屋敷の入り口にフレア・バレンシアが仁王立ちしていた。
さっき晩餐会で見かけたのと同じ服装。
お客様を迎えるための簡易的なドレス姿のフレアは、そのお嬢様然とした格好とは不釣り合いな態度を取っている。
口調もこっちを睥睨する眼差しも、胸の前で組んだ腕も、全部がお嬢様って感じじゃない。
「この牛を暴れさせてるのは、お前たちか!?」
同じ質問を繰り返す。
屋敷の中は牛に滅茶苦茶にされたのだろうか。だから、その恨みが乗っているように思う。それを僕らにぶつけるのは間違いだけど。
「違う。僕たちもこの牛を倒すのが目的だ。君の家を攻撃する意図はない」
「黙れ! そんなこと信じられるか! アタシの家族を馬鹿にするだけじゃ物足りないから、こんなことしやがって! 覚悟しやがれ、冒険者!」
「……」
僕たちのことを見下している。この少女も、もしかすると金持ちの思考に染まった人間なのかもしれない。
ルミナスは、まだこの子の性根を叩き直す気でいるのだろうか。
「フレアだっけ。それともお金持ちで偉い人らしいから、フレア様とか呼んだ方がいい? 親が金持ちなだけであなたが偉いわけじゃないけど、形だけでも敬ってあげた方が、あなたのやっすいプライドは満たされるでしょうね」
さっきのフェリクスとのやりとりもあって、ルミナスも頭にきているらしい。煽るようなことを言う。
目の前の魔法少女と、本気でぶつかり合うという目的を果たすためでもあるだろうけど。
フレアはその挑発に簡単に乗った。たぶん身分上、誰かに罵倒されるなんてこと、人生の中でなかったのだろうな。
「そんなに殺されたいなら相手してやるぜ! イグニッション・ブレイズ!」
それがブレイズの変身時の言葉らしい。
それと同時に、フレアの体が熱い炎に包まれる。フレア自身はそれを熱がることもなく、体を覆われるがままにした。
そして炎が消えた時、そこには昨夜も見た赤い魔法少女が立っている。
ルミナスと似ているけど、服装の細部は異なっている。けど同じ魔法少女なのは明らかだ。
「闇を焼き尽くす灼熱の炎! 魔法少女ブレイズ!」
男まさりで威勢のいい名乗りと共に、ブレイズはルミナスを睨む。
敵意を隠そうともしない。ルミナスもまた、これを受けるつもりでいる。
「リーン。ヘテロヴィト探しの仕事は、やっぱりみんなに任せる。ルミナスはここから離れられないから。ヘテロヴィトを見つけたら、戦わなくていいからこっちに場所を教えてほしい」
「わかったわ。頑張ってみる。ふたりとも行くわよ」
リーンがシャロとライラを率いて屋敷の門から出る。外の牛を殺してかき分けながらの捜索だから、見つかるかどうかは怪しいけど。
「なんだ? 邪魔者はいなくなったから、好きなだけやり合おうってか? ……そこのガキは?」
「ギルはわたしのパートナー。必要なの。ギル、わたしから離れないでね」
ルミナスは僕の手を握って魔力を補充。
ブレスレットの光が強くなるのをブレイズも観て、なにか悟った様子だ。
「そのガキは異常者だったか。なるほど、それでも魔力を吸い出すことはできるんだな。異常者も使いようか」
「そういうこと。あなたたち魔法家のお金持ちって、どうせギルみたいな体質の子を、使えないって差別してたんでしょ? 使い道に気づけないなんて、馬鹿だよねー」
「黙れ! 異常者の力を借りねえと戦えないような奴が偉そうにするんじゃねえ! 魔法少女は、魔法使いが持つべき力だ!」
ブレイズが吠えながら火球をこちらに向けて何発も放つ。
けれどルミナスは盾でそれを全部防いでしまう。
「そんな弱い攻撃、わたしには効かないけど? 攻撃ってのはこうやるの!」
ルミナスはお返しとばかりに光の矢を放つ。それも時間差をつけて二本。
ブレイズは一本目を回避したけど、二本目は避けられないと悟り手元で小規模な爆発を起こして矢をふっ飛ばした。
光を操るルミナスと同様に、ブレイズは炎を操れる。魔力を燃料とした炎だ。
けれど剣や盾といった形でしばらく形を保持できる光と違って、炎は常に魔力を消費して燃やし続けなきゃいけない。
「ルミナス。時間を稼げば向こうは魔力切れを起こす」
「だよね。だけどあいつ、服全部を魔力に変換してでも、戦いをやめないかも」
「昨日みたいに、か……」
さすがに裸になるのは抵抗があるだろうし、そこまでするとは限らないけど。
だけど自分の魔力量を鑑みず、すべて使い切る勢いで畳み掛ける性格はしてそうだった。