2-20 牛のミーレス
狙いが僕たちなのか、それともこの屋敷なのかはわからない。
けど、見るからに獰猛そうな雄牛が暴れているなら、これを無視するわけにはいかない。
それに牛の一頭は、顔の両側にあるはずの目が無く、代わりに額に大きな単眼が輝いていた。
その隣の牛は角が異様に発達していた。それから、背中からヌメヌメとした触手を生やしている。
「ミーレス。ということは、近くにヘテロヴィトがいるということですね。牛のヘテロヴィトが」
シャロが低く、どこか憎しみを込めたように言う。
僕たちにとっては因縁の深い、そして旅をする目的のひとつである半人半獣の怪物。それが現れたらしい。
ヘテロヴィトを支援する咆哮同盟の差し金か、それとも突然に自然発生したのかはわからない。
けど、そこにいるなら狩らなきゃいけない。
腰に差していた剣を抜く。リーンやシャロも同じく剣を手にしたし、ライラは弓に矢をつがえていた。
もちろんヒカリも。
「ライトオン・ルミナス!」
僕らの前に立ち、変身を宣言。彼女の姿が光に包まれ、変わる。
「闇を照らす眩い光! 魔法少女ルミナス!」
名乗りを上げると共に、向かってくる牛に対して自分も駆ける。
走りながら手の中に光の剣を作って握り、先頭にいた単眼の牛に向かってすれ違いざまに切りつけた。
牛の頭部を横凪ぎにした一閃は、牛と接触すると共に剣にさらなる魔力を注ぎ込んで刀身を伸ばし、牛の巨体を横向きに両断することに成功。
次の牛に対して、刀身が伸びて扱いづらくなった剣を無造作に刺す。
その直後、牛の中で剣は刀身から何本もの鋭い棘を生やした。それが牛の内蔵をズタズタにして絶命させる。
牛の一頭がルミナスに触手を伸ばしている。ルミナスは他の牛の相手をしてて気づかない。
「ルミナス!」
屋敷へ走る牛の一頭を避けながらルミナスのもとへ。
そして彼女に迫る触手を叩き切る。牛が痛むように鳴き声を上げながら、体当たりをかけるべくこっちに迫った
「ありがと! わたしの隣に!」
突進してくる牛に対して、ルミナスは大きめの盾を作って防御の体勢に入った。
勢いがある上に人間の何倍もの体重の乗った牛の突進を、ふたりがかりでなんとか受け止めた。けど、牛はさらに押してくる。
その牛の向こうに、さらなる別の牛が突進をかけようとしてた。
「ギル。これを盾の向こうに投げて」
「え? これって」
「いいから」
ルミナスが手渡したのは、なんの変哲もない光る球体。
剣や矢のように鋭いわけでもないし、軽いから打撃武器にもならなさそう。
でも、言われたとおりに投げる。盾の縁を飛び越えて、こっちを押している牛の隣に落ちて。
「どかん!」
ルミナスの冗談めかした口調と共に、球体から無数の鋭い針が生えてきて、その牛に突き刺さる。
球体の全方向から生えたから、後続として迫っていた牛の数体にも刺さって同時に無力化した。
「ねえ見た、ギル!? これが新兵器、ウニの力! えへへ。昨日から、盾の向こうの相手を攻撃する方法を考えてたんだー」
「ウニ?」
「知らない? ボールから針がたくさん生えてる海の生き物。この世界にはいなかったりするのかな? 海辺の人じゃないと見たことないとか、そんな感じかなー?」
「危ない!」
「うあっ!?」
ウニって生き物の話は興味深いけど、今はそれどころじゃない。
新しい牛が五、六頭ほど固まって突進してきた。
僕はルミナスの手を引っ張り道を譲る。
直前まで僕たちのいた位置を牛が駆け抜けた。
すかさずルミナスが光の矢を放って二頭を仕留めたけど、残りは屋敷の方へまっすぐ突っ込んで、開けっ放しの大きな扉から中に入った。
牛の姿は見えなくなったけど、中で暴れて何かが破壊される音は聞こえた。中は滅茶苦茶になってるのかな。
敵を仕留められなかったのは残念だけど、別に屋敷を守ることは僕らの仕事じゃないし、そんな義理もない。
というか、いい気味だと少しだけ思っている。
牛の目的が最初から屋敷だったのか、僕らも含めて破壊できる物すべてを無差別に破壊する命令を受けているかはわからない。
生みの親であり命令を下しているヘテロヴィトを問いたださないと。訊いて教えてくれるとは思えないけど。
「うあー。まだ来るよ……。リーンたちはなにやってるの?」
「ほらあそこ。別にサボってるわけじゃないよ」
足に矢が刺さり動けなくなった牛に、リーンとシャロが剣でとどめを刺していた。
矢を射たのはライラだろう。そういう牛の死体が何頭もいたから、リーンたちも頑張ってはいるはず。
だけど敵の数が多すぎる。今も、庭の門から新しい牛が何頭も入ってきてこっちに向かってくる。
よく見ると門からだけではなく、敷地を囲む柵や生垣もぶち破って迫ってきている。
金にあかせて綺麗にしている庭が台無しだ。
「とにかく、本体のヘテロヴィトをなんとかしないと。ミーレスが尽きるのを待つのは、いい手じゃなさそう」
ミーレスをどれだけ生み出せるかはヘテロヴィトの体力次第。
今の時点でこれだけの牛を生み出せてる時点で、相当の強敵と言える。
「わかった。おーい、リーン! ヘテロヴィトを探しにいこー!」
倒れた牛の首を切り裂きながら、リーンが手を振って了解の合図を返す。
こっちに迫ってくる牛を、ルミナスは太めの矢を使ってまとめて射抜く。魔力消費が激しかったのか、僕の手を握って補給。手をつないだまま門まで走る。
途中、新しい牛が一体だけ入ってきた。それは、すかさず矢を放ったライラによって足を射抜かれ、地面に体をこすりつけながや転倒。
「そいつはあたしたちで殺しとくから! ふたりは外に!」
リーンの言葉に後押しされて、門をくぐろうとそちらに向かう。