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2-19 金持ちの矜持

 旅の冒険者のパーティーがいなくなったところで、誰も気にはしない。

 この金持ちや城の権力者である司政官には、大した悪事という認識すらないのだろう。


「みんな、帰ろう。ここにいても利益は何もない」


 僕の指示でみんなも立ち上がった。

 剣呑な雰囲気の中、武器こそ抜かないでも相手の動きに最大限警戒する。


 向こうが、このまま素直に返すとは思えないから。


「お待ちください。フェリクス様も無礼はお詫びしています。礼儀を語るなら、この場で一方的に去ることも礼儀に反するのではないか?」


 僕たちの前に、共に招かれていた司政官が立ちはだかる。彼もおそらくフェリクス側の人間。


 シャロはテーブルの上のスープから葉をすくい上げ、司政官の前に差し出した。


「ええ。それもそうですね。では司政官さん。このスープを全部飲んでくださいな」

「そ、それは……なぜそのようなことを……」

「飲めない理由があるのですか?」


 あからさまに狼狽えた司政官に、答えようのない質問を投げかける。

 これを飲めば体が動かなくなると、司政官も知っている様子だった。


「司政官さん。この晩餐会になにか裏があると、あなたも知っているのですね。お金持ちというのはこれだから……こんな礼儀を知らない家に長居するのは、我々の品格に関わりますし、これ以上話すこともありません。では失礼します」

「待ちたまえ!」


 今度はフェリクスが声を上げた。そちらを見ると顔を真っ赤にしている。


 冒険者風情に礼儀を知らないとか品格に関わるとか言われれば、格式にこだわる金持ちがこのまま引き下がるわけにはいかないだろう。怒りに震えていた。


 けれど客人に出した料理に毒を仕込んだのも事実。

 自らの悪事を認めるわけにもいかず、続く言葉が出てこない様子。


 そんな当主の様子を見かねたのか、彼の長男、未来の当主が立ち上がり声をあげた。


「黙って聞いていれば、冒険者風情に舐められたものだ! お前たちのような卑しい身分の分際でつけあがるな!」


 大声で罵倒すれば、あるいは金持ちという威光をもってすれば相手を威圧できると思っているらしい。


 見当違いも(はなは)だしい。

 罵倒されて萎縮するような精神力で冒険者をやる人間は珍しいし、庶民が金持ちに従うのは相手が金持ちだからではない。報酬などの形で金をくれるからだ。


 それを理解できない次期当主の浅はかさも、この場を収める方法を考えつかないでいるフェリクスの無能さも、いずれも失笑ものだ。


 別に喧嘩をしたいわけではないけど、鼻で笑って出ていこうか。そう考えた。

 けど、僕がなにかする前にヒカリが先に動いた。


「あの。舐めてるついでに、ひとつ聞いていいですか?」


 質問するにしても、ずいぶん奇妙な前置き。

 ヒカリだってこの金持ちたちを馬鹿にしてるのはよくわかった。相手の返事を待たずに質問を投げる。


「バレンシアの家に伝わる魔法少女の力はなくしたと言ってましたよね? それって本当ですか? 実は隠し持ってたりしませんか?」

「なんだと!?」


 隠し事をしてるとか嘘つき呼ばわりされれば、怒るのは当然か。

 魔法少女の力を持ってるとしたらそれはブレイズの正体であり、夜な夜な住民の顔を焼くなんて行為をしてることになる。外聞も悪かろう。


 けど、こっちにも根拠はある。


 ヒカリが見ているのは怒り散らす当主ではなく、フレアの方。彼女は顔面を蒼白にして俯き、一言も喋っていない。

 これはもしかして。


「本当に、魔法少女の力はないんですね? 家族の誰かが、誰にも告げることなく魔法少女として活躍してる、なんてこともありませんか? 自らが悪と断じた誰かの顔にひどい火傷を負わせる、謎の魔法少女の正体はバレンシア家の誰かだと」

「そんなことはありえない! 断じてだ! 下賤の者の顔を焼くだと? そんなつまらん行為を、我らがするはずがない!」


 僕の質問にフェリクスは喚くように反論した。そしてフレアは、カタカタと体を震えさせている。

 そうか。ブレイズはフレアが単独でやっていることか。


「みんな。出よう。知りたいことは全部知れた。もう用はない」

「わかった。よーし、帰ろっか。あの宿には戻れないよねー。今から宿探す?」

「そうね。冒険者向けの安宿なんて、探せばいくらでもあるでしょ。シャロ、心当たりある?」

「この街に来たことはあまりないので……」

「でも、おやどがあるばしょは、どこのまちでもだいたいおなじだよ?」

「そうですね。ライラの言う通りです。なんとなく見当はつきます。行きましょう」


 そんな風に、金持ちや司政官の存在を完全に無視しながら食堂を出る。

 背後でフェリクスはなおも騒いでいた。


 警備員とか用心棒とか、屋敷で雇われてる何者かが僕らを止めようとする可能性も想定してたけど、それもなかった。こっちの実力は把握しているらしい。


 建物の中を歩き正面の大きな扉に向かう。

 それを開けると無駄に広い庭園が広がっている。さあ。早いところここを突っ切り、通りに出よう。


「ねえ? なにかおかしくない? 騒がしいっていうか」


 最初にリーンがそう指摘した。


 騒がしさで言うなら、さっきまでもそうだった。

 けど、プライドの高い金持ちが怒ってるのとは違う種類の騒がしさが、たしかにあった。


 大勢の人が騒いでいるというか、戦闘音というか。


「なにかあったみたいですね。まさか、例の義賊が出たとかでしょうか」

「便乗した泥棒かもしれないけどね。ブレイズが出たってのは、ありえないけど」


 ヒカリの言う通り。ブレイズの正体がフレアならば、屋敷にいる彼女が外に出るのはありえない。


「とにかく、行ってみない?」

「そうですね、ライラ。皆さん、戦闘の用意を」

「ねえ、あれ! 見て!」


 ヒカリが声を上げるけど、ほぼ同時にみんなそれを目にしていた。


 牛が数頭、この屋敷の閉ざされた門をぶち破り、庭に入っていく。そして猛然とこちらに向かって突進してきた。

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