2-18 晩餐会と毒
フェリクスはそのまま、家族を紹介していく。
彼の妻と、その間に生まれた四人の子供。長男長女次女次男の順番のきょうだい。
フェリクスの父に当たる先代当主もいるらしいけど、彼は既に家督を譲って隠居して、こういう場には出ないとのこと。
当主夫婦とその子供たちで構成される、典型的な家族構成。
本来はこの手の場に招かれることのない冒険者という存在に、フェリクスとその妻は見かけだけでも敬意を払う素振りを見せる能力はあるらしい。
たとえ本心がどうあれ、だけど。
けど子どもたちの方は、その力が未熟。社交辞令的に笑顔を見せるけど、その表情は硬い。
なぜ下々の者に愛想を振りまかねばならないのか。そんな気持ちが透けて見える。
「ねえギル。あの子」
「え?」
僕に寄り添ったヒカリが耳打ちしながら、フェリクスの子供のひとりを示した。
次女のフレアと紹介された少女。他の家族と同じように、薄めの茶髪と青い目をしている。年齢はヒカリと同じくらいか。
彼女は僕たちの姿を凝視していた。見つめ返す僕の視線に気づくと、目を逸らすでもなく睨み返す。
「なんだよ……でございますか? アタ……わたくしの顔に、なにかついているのでしょうか?」
ぶっきらぼうな返事をしかけて、慌てて言い直す。
がんばってお嬢様っぽい口調を作っているという印象だ。
他のきょうだいとは確かに反応が違って、ヒカリが不審に思うのも無理はない。
他の家族と違ってこちらを見下すのではなく、どちらかといえば恐れている雰囲気。
というより、フレアという少女に強烈な既視感があった。ついでに言えばその口調も。
「まさかあの子が?」
ブレイズなのだろうか。ヒカリは、少し自信なさげだけど頷いた。
フレアの表情が、自分に拮抗するかそれ以上の力を持っていたヒカリや僕たちパーティーへの恐怖と考えれば納得できる。
でもなぜだろう。バレンシア家は魔法少女の力を伝え聞いてはいるらしいけど、力は現存していないはず。
持っていると認知しているなら、もっと大々的に使うはずだ。夜中にこっそりと小悪党の顔を焼くだけの活動なんかしそうにない。
まさかフレアは、失われていたと思しき魔法少女の力を自分で見つけ出して、家族には黙ってひとりで活動してたとかだろうか。
「皆様。おかけになってください。もうすぐ料理が運ばれてきます」
「あ、はい……」
フェリクスに促されて、考え事は中断される。フレアに直接問いただしたいけど、この場では出来そうになかった。
席についてフェリクスたちと会話。広いテーブルだから、みんなそれぞれ微妙な距離感がある。
「我がバレンシア家には、かつて魔法少女と呼ばれる力を保有していたと聞きます。魔力を身に纏い、強大な力を使用者に与える魔法道具。優れた魔力を持つ少女が使用した際に最も強力になる。故に魔法少女と名付けられたそうです」
「そうなんですか。僕の家には、そこまで詳しいことは伝わっていませんでした。ただ、魔法少女という名前と使い方と、ブレスレットが残っているだけでした」
魔法少女のブレスレットについて、僕は素性を知らない。だから詳しいことは言えなかった。
フェリクスはそんな曖昧な言い方に、特に疑問を持たなかったけど。
成り立ちに大した興味はない。そんな風にも見えた。
「そうですか。我が家でも、魔法少女の力はブレスレットに宿ると聞いています。そのブレスレットは失われたのか、現存はしていませんが。そちらのお嬢さんの持つブレスレットについて、是非拝見したく……」
その時、テーブルにスープが運ばれてきた。澄んだ液体の中に、何かの肉や草が入っている。
「テールスープです。バレンシア家が契約している牧場から直接仕入れた牛を使っています。うちの料理人が腕によりをかけて作ったものです。召し上がってください」
フェリクスはそう言いながら、自らもスープを掬って口に運ぶ。それに続いてバレンシア家の他の家族も食べ始めた。
家長が食べるまでは食事に手をつけない。そんなかた苦しい決まりがこの家にはあるらしい。
まあいい。食欲はあまりないけど、僕もスプーンに手を伸ばそうとして。
「この街では、家人と客人では出す料理に差をつけるのが礼儀なのでしょうか」
シャロが少し棘のある口調で声をあげた。全員の手の動きが止まる。
驚いた様子のフェリクスの視線を受けて、シャロは少し緊張した顔を見せた。
本来ならそこまで豪胆な性格をしていない。けど、声をあげなきゃいけない場面らしい。
「スープの具が、皆さんのものとわたしたちのもので違っていたので。この香草ですが……」
シャロはスープの中身から、何かの野菜の葉らしいものをすくい上げた。僕のスープの中にも同じものが入っている。
「フェリクスさんのスープには、別の野菜が入っていますよね。それは何かの根菜でしょうか。……確かにわたしたちは身分の低い冒険者ですが、晩餐会に呼ばれた以上は対等な扱いをされるものと思っていました。それとも違うのでしょうか」
シャロに指摘されて、フェリクスは顔を青くした。
「これは失礼しました。なにか料理人の方で手違いがあったらしい。すぐに作り直させます」
「いえ、結構です。わたしたち、あんまりお腹すいてないので。お互い、この会食の目的は魔法少女の力に関して知ることですよね? わたしたちも、この家に伝わる魔法少女の力について知りたいためにここに来たのですが……あまり有益なことは聞けそうにありませんね。帰りましょう、皆さん」
シャロはきっぱり言い切った。どうしたものか、僕も含めてシャロ以外全員が困惑してる。
そんな僕にシャロは近づいてきて。
「この葉、毒があります。摂取すれば体がしびれて動かなくなるもの。この家で出されたものは一切口に入れないでください」
その言葉に、フェリクスの悪意を悟る。
毒を飲ませて動けなくして、ヒカリからブレスレットを奪うつもりだったのだろう。