2-15 宿の食堂
ヒカリとリーンはなおも未練がましくにらみ合いしてたけど、ふたりとも徹夜して眠いのも事実。
「そうかもね。とりあえず、ギルとリーンが一緒じゃないなら、それでいいかな」
「ええ。あたしも同じ意見よ。でも今日だけだからね。明日寝るときは、ちゃんと決着をつけましょう」
「望むところ。わたしが負けるとかありえないけど」
「ふっ。言っておくがいいわ」
仲がいいのか悪いのか。ふたり並んで言い争いをしながらベッドに倒れ込む。そしてほとんど同時に眠りについた。
僕もようやく寝られる。本当にこのベッド、寝心地がいい。
徹夜なのもあって、僕の意識が飛ぶのは一瞬のことだった。
起きた時には、太陽は既に登りきっていた。
秋口の、だんだん昼の時間が短くなっていく季節。まだ夕刻と言うには早い時間だけど、昼食の時間はとっくに過ぎていた。
そして僕たちは昨夜以降なにも食べていない。夕食の後に仕事をしたし戦闘もあった。
猛烈な空腹感に襲われている。
「ねえシャロ。こういう宿も、普通の安い宿屋と同じように食堂がついてるものなのかしら」
「どうなんでしょうか、ついてないってことはないと思いますけど。食事代も街が持ってくれるんでしょうか」
慣れない場所にいるものだから、食事を取るだけでも混乱が起こる。
高い宿ならそこで出る食事も高い。出来れば払いたくないものだ。
けど、考えている間にも腹は減るもので。
「外で食べましょう。安い食堂ならこの近くにもあるでしょうし。……街としては、わたしたちを近くで監視していたいでしょうから、止めてくるならここでの食事代をふっかけてやりましよう」
シャロが言いながら外出する支度をして、部屋の戸を開ける。
そしてこれみよがしに僕たちに話しかけた。
「お腹すきましたね! 昼ごはんって時間には遅いですけど、どこで食べますか? 街の食堂って、この時間にも開いてますか?」
シャロの意図を読み取った僕も、少し大きめの声で返事をする。
「わからない。昼過ぎから夕刻まで閉めてる店も多いから。市場の方まで行けば、この時間でも開いてる店は多いはず」
「なるほど。では市場に行きましょう。店がなくても食品は買えますから。ですがわたし、この街の市場がどこにあるかはわかりませんよ?」
「僕もわからない。とりあえず、ふらふら歩いてれば何かは見つかるんじゃないかな。迷子になったら、その時はその時――」
「皆様、おはようございます。よく眠れましたか?」
この街にも、住民の食を支える広い市場はあるはず。どこにあるか知らないで向えば、確実に道に迷うけど。
運良く市場にたどりつけても、そこには大勢の人がいる。人混みに紛れて姿を隠すのも可能だ。
僕たちが迷子になって、そのままいなくなったら困る人物。つまり僕たちを監視している城の手先らしき男が話しかけてきた。
僕たちが眠ってた部屋の向かいの部屋とか、そこの廊下の陰とかから会話を盗み聞きしてたのかな。
この人物が現れるのは想定済。シャロは落ち着いて、彼に笑顔を見せた。
「おはようございます。ええ。よく眠れました。お腹がすいたのですけど、どこで食事を取ればいいのでしょう。なにぶん貧乏な冒険者ですから、こんな高い宿の食堂は敷居が高くて。この街にも市場はありますよね? そこで食事をしようと」
「食事代は城が持ちますよ。さあ、こちらです」
男は案内するように、こちらについてくるよう促した。
監視から逃れるって目的は果たせなかったけど、まあいいや。タダ飯を食べられるのだから。
昨夜の酒場と同じ。この街の高い宿でも、肉料理が豊富だった。
むしろ高い店故に、厳選された肉を扱ってるらしい。
「シャロみて。すごいねだんだよ」
「そうですね。お金持ちって、こういう金額を平気で払えるんですね……」
「払わないと、あの家はケチだって評判が流れるから。家の名誉に関わるの。この値段は見栄もあるのよ」
メニューを見ながらシャロたちが話している。
お金持ちの娘であるリーンはともかく、シャロたちにも初めての経験が続いている。
城の人間を前にしている時は堂々とした態度を崩さないけど、今は少しだけ素の表情を見せていた。
「ギルもお金持ちの家だけど、こういう所で食事は」
「させてもらったことはないかな。屋敷で、ちょっと高い物を食べさせてもらったことはあるけど。屋敷の外に食べに連れて行ってもらったことはない」
家の恥だから。異常者だから。あまり世間に触れられないように過ごすのを強制された。
そんな言いつけを僕は一切守らず、外に出て剣の訓練をして勉学に励んだのだけど。まあそれはそれ。
お金持ちが行きそうな場所に連れて行かれたことなどない。
「そっか。そうだよね。よし、じゃあ今日はおいしいもの、たくさん食べよっか」
僕の過去を吹き飛ばそうとしてるのか、ヒカリはかわいらしい笑顔を向けながらメニューを開く。
「うん、何書いてるかわからない。教えて」
ヒカリとは会話は普通にできるけど、この世界の文字は読めないらしい。
僕の座る椅子に自分の椅子を引き寄せて、身を寄せてくる。
「ええっと。どんなのが食べたい?」
「ステーキ! それも大きいやつ! あと高いやつ!」
「なるほど。だったら……」
「皆様。今夜バレンシア家の方々が、皆様を晩餐会に招待したいとおっしゃっています」
「晩餐会? バレンシア家?」
さっきの男が僕たちに話しかけてきた。だから食事はほどほどにしろってことだろうか。