2-13 司政官
物腰柔らかというか慇懃な態度の司政官の質問に、主にシャロが答えていく。
この手の応答は彼女に任せるのが一番だ。
ヒカリが異世界から来たという事実に関しては、説明が面倒くさいから伏せることにした。ある町で生まれた、ただの町娘ということに。
司政官だって、ヒカリの出自自体にそこまで興味はないだろうし。
問題は、夜な夜な人々の顔を焼く不審人物の正体と、それと互角に戦っていた力の正体だ。
「ヒカリさんとギルさんは特殊な魔法を使えるんです。ギルさんは……ある街の名のある名家の生まれで。ええっと」
「大丈夫だよ、シャロ。話していい」
シャロがどんな作り話をするかわからないけど、僕が名門の生まれであることや、体質について話すつもりなのはわかった。
僕に遠慮することはない。
「はい。彼は出力異常なのですけれど、彼の家に伝わる特別な魔法道具によって、パートナーであるヒカリさんに力を与えることができるんです。詳しい仕組みは不明ですけれど、魔法少女という武装をもたらします」
「魔法少女?」
司政官には聞き慣れない言葉だったのだろう。彼は首をかしげた。
シャロはさらに説明を続けたいところだろうけど、すでに一部嘘をついている。あまり深く語るのもよくないと、言葉を選びがちだ。
「仕組みはわからないんです。わたしが知らないのではなくて、家にそういう魔法道具が伝わっていると。ギルさんとヒカリさんはこの力を使って世のために役立てようと、家を出て冒険者を志して旅をしているんです」
よくもまあ、こんな嘘を堂々とつけるものだ。
真実も混ぜているし根本的なところは不明だって誤魔化しているけど、シャロは堂々と作り話をしている。そして顔色一つ変えない。
そもそも魔法少女の力の起源であるブレスレットについて、僕たちも何も知らないのが実情だ。
ヒカリは向こうの世界で貰ったそうだけど、最初はどこにあって、なぜこれが作られたのかは知らない。
この世界にも魔法少女がいた理由もわからない。
シャロが曖昧な説明をしているのは、本当にわからないというのもある。
けれど同時に、城がこの力を狙っているかもという懸念を感じているからでもあるだろう。
態度は柔らかいけど油断はできない。だから情報はあまり与えない。
事実司政官は、さっきからヒカリのブレスレットにチラチラと目を向けている。
あからさまにならないよう気をつけてるのかもしれない。けどバレバレだ。ブレスレットに興味津々。
僕やヒカリは口を挟まない方がいいと考えて、シャロの話にコクコクと頷くだけにする。余計なこと言ってボロを出したくない。
司政官はその説明に、腕を組んで考え込んでいる様子だった。
説明したとしても、特に得られることのなかった情報。だけど彼は、しばらくするとしっかりと頷いた。
「魔法少女か。そういえば昔、どこかで聞いたことがあります。あれはたしか……そうだ。バレンシア殿の家に、かつてそんな魔法道具があったと話に出たことがある」
「魔法道具?」
シャロは司政官の言葉に怪訝な声で返した。
出てきた固有名詞ではなくて、完全に作り話の方である魔法道具の方を気にしてしまった。
幸い、司政官はそれを不審に思わなかったそうだけど。
魔法道具。魔力を動力にする道具で、当然ながら魔法使いにしか作れず扱えない高級品。
その言葉はこの世界の人間は、ある程度の金持ちだったり上流の人間なら知っていること。
ヒカリのブレスレットだって、魔法道具と言えるかもしれない。
だからシャロもそんな説明をしたのだけど、それが司政官や、そのバレンシアなる人物が思い浮かべている物と同じ種類のものかは不明だ。
けど気になることではある。似た物があるなら、それについては知っていおきたい。
司政官もこんなことを言った以上、僕たちにバレンシアなる家に話を聞きにいけと命じたようなものだろうし。
そもそも司政官が知りたいのは、あくまで夜な夜な現れて住民の顔を焼く謎の人物の正体。
ヒカリや魔法少女は、それに繋がるヒントでしかない。少なくとも建前の上ではそうだ。
けど、街にとっては監視しておきたい要素らしい。魔法少女の戦闘能力は、そこらの冒険者や兵士なんかを軽く凌ぐ。
それに、探している不審人物に対抗できる力でもあるし。街の兵士が介入できない戦いを、ヒカリとブレイズはやってのけた。
単なる冒険者として野放しの状態は避けたい。手元に置いて手綱を握っておきたい。そんな思惑が見えた。
つまり、こちらを信頼していないってこと。仕方ないことかもしれないけれど。
「君たちを一時的に街で雇いたいと思います。そして、街を騒がせている謎の人物を探して正体を突き止めるのに協力を要請します。もちろん報酬は出します。……引き受けてくれるな?」
温和そうな見た目とはいえ、城の中で長年勤めてきたやり手の男だ。
その提案というか要請は、実質的に命令だ。丁寧な言葉づかいと見せかけて、有無を言わせぬ言い方。
街という権力が一介の冒険者に目を向けて、従わせる行為。こちらに逆らう権限などなかった。
「わかりました。そのお仕事、引き受けます……ちなみに、報酬はやっぱり、普通のギルドの依頼と比べて割高な額を貰えるんですよね?」
シャロはにっこり笑いながら、その要請を受けた。
内心どう思ってるかは別として、逆らうことはできないと彼女も悟っているのだろう。
良い気分ではない、と。