1-7 教会の神父様
「うあ。すごい。なんというか、えっと。昔のヨーロッパってこんな感じだったのかな。うー。歴史の授業もうちょっと真面目に受けてれば良かった」
ヒカリは町並みを見て、そんな感想を口にする。
「ヨーロッパ?」
「そういう地名もないのか。気にしないで。本当に違う世界なんだって実感しただけ」
石畳の道と煉瓦造りの建物。僕にとっては見慣れた景色。けどヒカリにとっては珍しい景色らしい。
目的地は、街の一角にある教会。煉瓦造りで赤い屋根の、古いけど立派な建物。
この国で広く信仰されている、創造神を崇める宗教の教会で、建物のてっぺんに取り付けられている縦長の菱形が、この宗教の象徴だ。
「菱形なんだ。わたしの世界だと、教会といえば十字架なんだけどね」
そう驚くヒカリを連れて中に入る。正面の扉を入ってすぐに、たくさんの人が入れる礼拝堂がある。街の人が集まって神様にお祈りする場所。今は、子供たち数人が床を掃除していた。僕たちが来たことにすぐに気づいて、みんな駆け寄ってくる。
全員が僕より年下の、小さい子たち。
「ギルくんだー。こんにちは!」
「ギル、修行はうまくいってる?」
「このおねえさんは、だあれ?」
「ギルくん。ギルくん。ご本読んで!」
「後でね。神父様はいる?」
集まってくる子供たちに尋ねると、彼らは礼拝堂の奥へと声をかける。ここから扉をひとつ隔てた執務室に、神父様はいつもいる。はいと返事がした後に扉が開いた。
ラティスさん。普段は神父様と呼ばれ街の人から慕われている彼は、穏やかな表情をした初老の男性。歳の割にはがっしりした体つきをしているのは、若い頃に冒険者をしていたから。引退して聖職者になったのは、冒険の中で死んでいった者たちのためらしい。
「神父様、この人を一晩泊めてもらえますか?」
「初めまして。ヒカリです。今夜だけ泊めてもらえますでしょうか。宿が無くて」
「遠くから来た旅人さんらしいです。明日から冒険者として働くので、今日だけでいいんです。お願いします」
神父様は悩まずに頷いた。元々断られるとは思ってなかったけど、少しだけ安堵する。
「そうですか。旅人さんでしたか。ご出身は?」
「えっと。信じてもらえないと思いますけど、違う世界から来ました……」
「違う世界?」
「は、はい。違う世界です。やっぱり、信じて貰えませんよね?」
自分でも変なことを言っているとヒカリは自覚しているのか、自信の無い様子で答えた。神父様はそんなヒカリをじっと見つめる。
「聞いたことがあります。この世界とは随分違う、異世界と呼ばれる場所から人が来るということが、大昔にあったそうです。わたしも冒険者をしていた時に人から聞いただけの話ですが」
「異世界……きっとそれです。その言葉がぴったりだと思います」
「なるほど。にわかには信じられませんが、嘘をついている目ではありませんね。わかりました。信じます。そして歓迎します。教会へようこそ。あまりおもてなしはできませんが、今夜はゆっくり休んでください」
「ありがとうございます。助かります」
「いえいえ。人に親切にすることこそ、神に仕える者の務めですから。それに、子供たちも喜ぶでしょう」
「子供たち?」
先程僕たちを出迎え、今も神父様との会話を見守っている子供たちをヒカリは見回した。
「神父様は、親のいない子供を引き取って教会で育ててるんだ。だから、一晩くらい人が増えても大丈夫と思って、ここに連れてきた」
「そっか。親がいない、か……」
どこかさみしげな口調で返事をしたヒカリに、少しだけ後ろめたい気分になる。
街の中には、孤児と自分たちを区別して一緒に遊ぶことを拒絶する子供たちや、その考え方をたしなめない大人もいる。まさかヒカリもそういう考えかと一瞬だけ思ったけど、どうやら違うみたいだ。
「そういうことなら、泊めてもらうのに遠慮はいらないかな。いえ、別に好き勝手するとかじゃなくて。なにかお仕事を手伝えるならやりますよ。食事を作ったり。それか掃除とか。どっちも得意なので」
笑顔でそう返事をした。神父様も、そんなヒカリを見て笑って頷く。
「それはよかった。子供たちのお世話も毎日大変です。客人に仕事をさせるのは心苦しいですが、手伝ってもらえることがあれば幸いです」
「はい、任せてください! それで、何をすればいいでしょうか!」
それから少しだけ後。魔法少女ルミナスは教会の裏手で、薪に斧を振り下ろしていた。斧はもちろん光で作り上げた物。切れ味は十分で、太い木がひと振りで真っ二つに割れる。
「ふっふっふ。ルミナス様にかかれば、薪割りなんてこんなものなのだよ。まあ、変身するのはちょっとずるいと思うけど」
「ごめん。本当はもっと、女の子らしい仕事したいよね。でも料理も掃除も、子供たちが当番を決めてて。今日だけヒカリに代わってもらうのは不公平だから。薪割りは、子供たちに斧を扱わせるのは危ないから神父様がいつもやってるんだ。僕も時々手伝うけど」
「なるほど。まあ下手にご飯作ってお皿割っちゃうのも怖いし、そういうことなら喜んでやるよー。しばらくは薪割りする必要がないくらいにね」
その言葉は嘘ではない。ルミナスは僕がやるよりもずっと多くの薪を、短時間で割っていた。その様子に見とれているのにルミナスは気づいて、笑顔を返す。
「すごいでしょ。変身すると体力が上がるの。これも魔法の力」
「魔法の……」
「そう。変身するのも、こうやって好きな形の武器を作れるのも、全部魔法の力。といっても、わたし自身は魔力を生み出せないから、他の所から持ってこないといけないんだけどね。例えば、ギルの体から」
「うわっ」
突然ルミナスが迫ってきて、手を握った。さっきと同じように、ルミナスのブレスレットが光る。柔らかなルミナスの手の感触に、少しだけ心臓の鼓動が高鳴る。
「ギルがいるから、わたしは魔法少女として戦うことができる。さっきも勝てた」
「そんな……僕なんか、ただの異常者だし」
「謙遜しないの。さっきも言ってたけど、異常者って? あんまり良い意味じゃなさそうだし、言いたくないなら別にいいんだけど」
「ううん。話すよ。僕の体質なんだけど」