2-6 義賊の噂
「ぎ、ギルさん! ギルさんからもなにか言ってください!」
「え? えっと」
シャロから助けを求めらてしまった。けれど答える前に横から口が入る。
「ねえギル。あなたもわかるわよね? シャロはかわいいって」
「そうそう。男からモテるって」
「あ、うん。それはよくわかる。シャロはかわいいし、男の人から声をかけられるのはわかるよ」
「あうう……」
なにも言えなくなったシャロが、顔を覆って黙り込む。
褒めたつもりなんだけど、なんか悪いことしちゃった気分だ。
「ふふっ。いいのよギル。あなたはそれで。でもねギル、わたしだって美人だから、酒場ではよくナンパされるの。でもこれからは大丈夫。ギルが守ってくれるから」
「え? わ、わかった。がんばるよ……うわっ!」
身をくねらせながらすり寄ってくるリーンから、ヒカリが僕の体を離すように引っ張った。
「わたしだってナンパぐらいされるし! だからギルから守ってもらうもん!」
「あら。その胸で男を引き寄せるのは無理があるんじゃない?」
「無理ないから! ちゃんと話しかけられるから!」
「はいはい。胸も無理もないのね。それよりギル、あのお店にしましょう。なに食べたい?」
「えっと。肉が食べたい?」
「いいわね。畜産で栄えた街なら、肉料理なんていくらでもあるわよ」
「こらー! 勝手にギルを引っ張っていかない!」
仲良く言い争いを続けるヒカリとリーンに引っ張られ、僕は酒場のうちの一軒に入っていく。
その後ろを、シャロとライラがニコニコしながらついていった。
ちょうど混む時間帯だったから、酒場はかなり繁盛してる様子。
だけど僕たち五人が座れるテーブルはあった。
リーンの言うとおり肉料理、特に牛肉の料理が豊富な店だ。
牛ステーキに牛肉の入ったスープ。他にも炒めものとか、生に近い牛肉に味付けしたものまでメニューにあった。
「ユッケ的なものかな。卵はついてないけど。大丈夫かな。食べてお腹痛くならないかな……」
ヒカリの世界にも、生の牛肉を食べる文化はあるらしい。けどこの世界の食べ方とは微妙に異なる。
その差異に驚きながらも、どこか楽しげだった。
そんな料理を楽しみながら、周りの会話にも耳をすませる。
あまり有益な話なんか聞けないと期待はしてなかったのだけど、どうやら事情が違うらしい。
――昨晩、また出たらしいぜ
――聞いた聞いた。領主様の補佐官の家だろ?
――便乗して盗みを働こうって輩も多いらしい
――捕まえたら報酬はたんまり貰えるって話だぜ
「なんだか、話題がみんな同じって感じがする」
ヒカリが味付けされた生肉のひと切れを呑み込んでから、僕たち全員が思っていたことを言う。
客はそれぞれのテーブルでそれぞれお喋りしてるけど、内容は共通。
みんなその噂話でもちきりって感じだ。
もう少し盗み聞きして話を総合すると、この街の中心部にある、富裕層の家ばかりを狙う泥棒がいるってことらしい。
夜間に家に密かに忍び入り、お金と金目のものを盗んでいくそうな。
そして盗んだ金は、街の貧しい庶民に分け与えているそうだ。
稼ぎが少なかったりみすぼらしい家に住んでいたり、病気の子供や年寄りを抱えた家の軒先に、ある朝まとまった金が置かれている例が何度かあったという。
街の金持ちは、この不届き者を捕らえるための対策を立て始めた。
夜間の兵士による巡回が二日前から始まったし、冒険者ギルドにも協力の依頼がきているという。
一方で金持ちから金を奪い庶民に分け与える盗賊の存在を、この街の住民はどこか歓迎している雰囲気だ。
そしてこの泥棒に便乗して、自分も盗みを働こうという不届き者も出始めたらしい。
裕福層の屋敷に賊が押し入る事件が増え始めた。金持ちたちが対策を急いでいるのも、そんな理由。
放っておくとどんどん治安が悪くなるし、自分の財産も狙われやすくなる。
だいたいそんな感じ。あくまで酒の席で聞いた噂話だから、真偽の程は確かではない。
完全な間違いもあるだろうし、事実でも誇張された箇所もあるだろうし。
「義賊ってやつだね。この世界にもいるんだ」
「ヒカリの世界にもいるの?」
「いるっていうか、いたかな。昔話というか伝説の存在というか。鼠小僧とか石川五右衛門とか有名だよー」
「ネズミ?」
「そうそう。ネズミみたいに家の中に忍び込む泥棒。わたしの時代にはそんな盗賊なんてもういないけど、この世界ならいてもおかしくないかなって思う。こっちの世界も、こういうのは多いものなの?」
泥棒というか窃盗行為自体はよくあること。けど、この手の義賊では意味が違う。
「多くはないかな。ホーマラントの街では聞いたことない。お話の中なら、本で読んだことはあるけど。リーンたちは?」
「あたしも同じ。旅の中で噂を聞いたことはあるわ。でも、そういうのが街を騒がせてる所に居合わせるのは初めてよ」
「わたしたちも、おなじ。ねえシャロ、どろぼう、つかまえる?」
「え? どうでしょう。冒険者向けに依頼が出てるそうですし、条件によっては受けてもいいかもしれません。報酬も、それなりに良いでしょうし」
「そういうものなの?」
「ええ。依頼主がお金持ちなら、報酬を出し惜しみはしません。あの家はケチだと評判になれば、名誉が傷つきますから」
名誉か。あの魔法家には無能がいるとか、悪徳商人と取引をしていたとか。そういうことで家の名誉は簡単に傷つく。
僕のこれまでの人生も、そんなつまらない名誉に振り回されてきた。けど今回はそれでお金が儲かるなら、悪くはない話だ。
それに街で噂の大泥棒を捕まえたなら、僕らの名誉も上がる。立派な冒険者になって名を上げるって目標にも合致している。
やってみる価値はあるかな。