2-5 牧場の女
「重ね重ねありがとうございます。歩きづめで、正直困っていたんです」
比較的疲れてなかったシャロだけど、ここは社交辞令とか礼儀でお礼を言う。
助けてもらったからには、本当に助かった感を出したほうが相手も喜ぶ。
「気にしないでください。旅人は大歓迎です。エラルドの街、楽しんでくださいね。特に牛料理の評判を、他の街にもいっぱい広めてください。……あ、わたしはカミリア。この近くで牧場を経営している家の娘です」
カミリアと名乗った女性を改めて観察する。
歳は二十を少し過ぎたあたりかな。明るめの茶髪は長いけど、それを縛って一本にまとめている。
黒目がちで少し垂れた目は、優しそうな人という印象を受ける。実際に親切にしてくれているし。
旅人に優しくするのは親切心と同時に、街の評判を上げるためか。
旅人が多く来れば、そこでお金を使って街が潤う。
特に特産物である牛が売れれば、カミリアさんの家の牧場も儲かる。そんな考えもあるのだろう。
「なるほど。街へは配達に?」
「はい。宿屋の食堂に卸します。牛肉と、それから乳製品がいくつか」
牛は生きたまま、つまり新鮮なまま街に連れて行き、そこで屠るのだろう。木箱の中身は牛乳とかチーズだと思われる。
「街の皆さんにも旅人の皆さんにも、できるだけたくさんの人に、うちの牛を食べてもらうのが、わたしの願いなんです」
そう言ってカミリアさんは優しげな笑顔を見せた。本当にいい人なんだと思う。
そんな感じで馬車に揺られていれば、再び建物が目につくようになる。
それから、さっきとは別の城壁が目に入った。
街に入る際にくぐった城壁と比べると、かなり古めかしく大きさも見劣りする。
「城塞都市は街の人口が多くなるに従って、新たに外側に城壁を築いて街の面積を増やすこともあるんですよ。数百年に一度あるかないかの出来事ですけど。このエラルドの街も、一度だけ拡張を行ったことがあるそうです」
シャロが城壁を見ながら解説してくれる。
つまりこの古めかしい門が、街の最初の外周部だったことになる。
この門も今は開きっぱなしだけど、敵がくれば閉じられることになるだろう。
そして拡張が必要だったということは、古い城壁の内側は人が大勢、あるいは発展しきっているということで。
「ようこそ。エラルドの街へ」
イタズラっぽく笑いながらカミリアさんが言う。
「うあ、すごい……この世界の都会って、こんな感じなんだ」
歩き疲れてぐったりしていたヒカリも、それを忘れたかのような感嘆の声をあげる。
僕も、なにも言うことができずに目の前の光景を見ていた。
これが都市か。通りを行き交う大勢の人。
三階建ての大きな建物が通りの両側に並び、商店からは客を呼び込む活気のいい声が溢れている。
ホーマラントの中心部など比べるべくもない。街っていうのは、こんなに栄えてるものなんだ。
「ふふっ。驚いてるギルもかわいいわ。この旧門の内側は、建物がぎっしり詰まっているの。そしてこの都市の中心にあるのが、領主様のお城」
なおもまっすぐ伸びている通りの向こう側に、煉瓦造りの立派な建造物があった。
城か。
書物で読んだことはあるけど、実際に目にするのは初めてだ。
「王都の活気はこんなものじゃないから。さあ、とりあえず食事をして、今夜の宿を探しましょうか。ギルドの近くの酒場でいい?」
リーンが提案した方針に、我に返った僕はコクコクと頷いた。
カミリアさんに丁寧なお礼を言って馬車を降りた。
彼女が卸す宿屋は、もう少し先にあるらしい。
大通りを更に進み、領主が住むお城に行く手前で少し細い通りに曲がる。そのまま少し歩けばギルドの建物だ。
その近くには何軒もの酒場が軒を連ねている。
荒くれ者気質が多い冒険者だから、酒を好む者も多い。だから自然と、ギルドの周りには酒場ができる。
時刻はちょうど夕暮れ時。仕事を終えたり夕食を食べようって冒険者や、その他労働者で活気づく時間帯だ。
「酒場で住民の会話に耳を傾ければ、街の情報を手に入れることもできますよ」
「まあ、大抵の客は役に立つこと話さないけどねー。過去のしょーもない武勇伝とか、あの店のあの女の子がかわいいとか、そんな感じのことばっかり」
「ま、まあそうですけど……」
リーンに言われて、シャロも戸惑いがちに同意する。
確かに冒険者って職の人間の傾向からすると、そうなってもおかしくない。
リーンは更に続けた。自分の経験談でもあるのだろうな。
「あんまり他の客の噂話に耳を傾けてると、向こうから話しかけたりすることもあるしね。興味があるのかって。向こうの目的はその会話じゃなくて、ナンパが目的なんだけど。シャロだってそんなこと、よくあるでしょ?」
「ええ。まあ。ありました……たくさん……」
「シャロは、もてるもんね。おとのこのひと、たくさんひきよせるよ」
「ちょっと! ライラ!」
「いつも、ことわるの、たいへんそうにしてるよ?」
「なるほど。わかるわ。シャロってかわいい上に優しいから。しつこい男を引き寄せそうだものね」
「だよねー。というか気が小さいから、男からしても、押せばいけるって思われそう」
「リーンさんもヒカリさんも! からかわないでください!」
シャロは顔を真っ赤にしている。
たしかにリーンもヒカリもからかってるけど、同時にシャロのことを褒めてもいるから、シャロは強く言い返せない。
そういうところ、シャロは本当に優しい。