1-6 彼女の出身
それからようやく、落ち着いてお互いの話をする。
「改めましてよろしくお願いします。わたしは七瀬光、十四歳の中学二年生です」
「チュウガク、ニネ……?」
「へ? この世界に中学校って無い? 学校だよ学校」
「学校に行ってるの? そうだよね。見たことない魔法を使うし。他所の街の魔法家の名門の人?」
「え? 名門? 魔法使い? いやいや。なんでそんな話に……もしかしてこの世界、学校の仕組みが違うのかな。この世界の子供って、どうやって勉強してるの?」
「勉強? お金持ちの家なら、先生を呼んで教えてもらうよね? 僕は異常者だからさせてもらえなかったけど。でもヒカリはそうだったでしょ? あと教会の神父様が、街の子供たちを集めて読み書きを教えたりしてるよ」
「そっか。うん。なんか根本的に常識が違うね。よし一旦落ち着こう。落ち着くのヒカリ。……あのね。わたしはこことは違う世界から来たの。勉強の仕組みも全然違う世界から」
「違う世界? 遠い街とか? 違う国とか?」
再び出てきた違う世界という言葉の意味をわかりかねて、尋ねる。
けど僕の理解とヒカリの答えは違っているようだった。
「あー。そう思うよね。でも違う。普通の方法では行けない世界。よその国よりも遠い場所。なんで日本語が通じるのかはわからないんだけどね。それから……わたしはある目的を果たしに、ここに来ました」
目的。
その言葉を口にするヒカリは、さっきまでと比べて少し真剣な雰囲気に見えた。
「知ってたら教えてほしいんだけど、人を食べる狼……ああごめん。今倒したのじゃなくて、もっと違う姿の狼。目がひとつだけだったり、背中から触手が生えてたり。触手ってわかる? タコの手足みたいな奴」
「タコ……海に住む生き物の? 本で読んだことはあるけど、あんな恐ろしい姿の……狼?」
タコと狼って全然違う姿だけど、ヒカリが言いたい狼ってなんだろう? タコと狼がくっついた姿?
「うあー。言いたいこと絶対伝わってない。よし、タコは忘れて。とにかく狼だけど普通の狼とは明らかに違う狼、このあたりで見なかった?」
「見てないかな」
「そっかー。了解。わたしの目的は、その凶悪な狼とそれを作り出している狼の親玉を倒すことなの。たぶんこの近くにいるはずだから、それを探さないといけない」
「すぐに見つかりそう?」
「わかんない。この世界に来た入り口が同じだから、そう遠くにはいないはず。探せば見つかると思うけど……正直わかんない。早く倒したいのは確かだけどね」
「時間がかかりそうってこと?」
「うん。何日もかかるかも。そいつを倒せば終わりってわけでもないし、もっと長くいるかも。それでギル。相談があるんだけど」
「住む家がほしいの? それと生きるための仕事も」
ヒカリの要求を察して口にすると、彼女は驚いた表情を見せた。
なんでわかったのと言いたげで、けれど言葉にならない様子。
簡単な推測。ヒカリは遠くから来た旅人で、しばらくここに滞在する。そして彼女はお腹をすかせていて、食べ物を買う金にも困っている様子。
なら必要なのは、住処と仕事に決まってる。
「なるほど……うん、その通り。どこか泊まれる場所とお金を得る手段がほしいの」
「だったら……」
打算的な考えが頭をよぎる。ヒカリを仲間にできたら、僕の目的の大きな助けになる。それにこれは、ヒカリにとっても悪くない話。
「だったら、僕と一緒にギルドの冒険者をするっていうのはどうかな?」
「ギルド? 冒険者?」
今度はこっちが、ヒカリにとってわからない言葉を言ってしまった番らしい。
「とりあえず、今夜泊まれそうな所に案内する。それまでに、いろいろ説明するよ」
「うん。わかった。じゃあわたしも知りたいことがあったら教えてあげるね」
というわけで、街に戻るまで彼女が知らない情報を説明することに。
冒険者とは、この世界の危険に挑むことを生業とする者。危険とは人を襲う怪物とか、あるいは怪物が大量に生息する人の踏み込まない領域とか。
冒険者の目的は様々で、怪物に襲われる人を救いたいとか、強大な怪物を倒して名声を得たいとか。
けど実態は、ギルドに舞い込んでくる依頼を果たして日々を生きる金を得るのを目的としている者がほとんど。
なんらかの事情で定職を持てなかったはみ出し物や、暴れるのを好む荒くれ。あとは路銀を稼ぐのが目的の旅人なんかが冒険者に多い。
ギルドは国が運営している、冒険者が所属する組織。冒険者に依頼を斡旋するのが仕事。
依頼とは例えば、家の近くに怪物が出て困っているとか、森の奥深くでしか採れない植物を採取してほしいとか。
周辺の住民がそんな依頼を出すのが基本だけど、国や領主からの依頼が来ることも多い。
「つまり、わたしのやることは……なに?」
「さっきやったように、人食い狼を退治するとか。もっと別の怪物もいるけど、基本はそれ」
「なるほど。つまり悪い怪物相手に暴れればいいのか」
「そんな感じ」
間違ってはない。というか、冒険者にありがちな脳筋思考。
いいことかは別として、適正はありそうだ。
「冒険者になれるのは、規定で十二歳からって決まってるんだ。そして、僕は明日が誕生日で十二歳になる」
「そうなんだ。お誕生日おめでとう」
「ありがとう。立派な冒険者になってもう誰にも異常者なんて言わせない」
そんな話をしている内に森を抜けて街に入る。
出る時とは違って、街に入る時は門番の兵士に身分証を提唱しないといけない。
僕には領主様が発行した市民証明書があるけど、ヒカリにはなにもない。
仕方がないから通行料を払って、ようやく街に入った。