2-2 城塞都市
「だからヒカリ、諦めて歩きなさい。こんなに歩いたことないのはわかるけど、それを言うならギルだって旅に出るのは初めてよ?」
「僕はほら、前から旅に出るために鍛えてたから……」
「そっか! ギルすごい! ねえギル、変身していい? そうしたら疲れないし! 魔力をくれないかなー?」
「うわっ!?」
急に元気を取り戻したように、ヒカリは立ち上がって僕の手を握る。
魔力をくれないかと頼みながら、既にヒカリのブレスレットには魔力の充填がなされていた。
微かな疲労感が身に降りかかる。大したものじゃないから別にいいんだけど。
「やめなさい! ギルだって疲れるのよ。無駄に変身しないで! というかあたしのギルから離れなさい!」
「リーンのギルじゃないからね! わたしのギルだから!」
「ヒカリさんのでもありませんよ」
「ギルは、みんなのギルだよ?」
「いえライラ。そういうわけでもないのですよ。ギルさん。止めなくていいのですか? ……楽しいからいいですか?」
ぎゃあぎゃあと賑やかに言い争うヒカリとリーンを、僕は幸せそうな顔をして見てたのだろう。
シャロから楽しそうだと言われて、初めて気がついた。
「うん。別にいいかなって。ヒカリが、初めて会った時と比べてなんか明るくなった気がして」
ヒカリと出会ってから今まで、そんなに日数があるわけじゃない。だけど父や弟の仇を討った前と後では、確かにヒカリは変わった。
「そうですか。ヒカリさんのこと、よく見てるんですね」
「え? そうなるのかな?」
「そうなりますよ。では、ギルさんの変化はどうですか?」
「僕の?」
「ギルさんも、名門の落ちこぼれとかお荷物だった立場から、自分の体質を活かせる生き方を得られました。なにか心境の変化はありますか?」
「どうかな……僕がなにをしたんじゃなくて、ヒカリのおかげだから。僕は特に何も変わってないかな」
「そうですか。その謙遜する態度は、ギルさんの美点ですね」
「謙遜なんて。そんな……」
「でもギル。ギルはそのきになれば、おうちをつげるんだよね? おかねもちになるのって、きょうみある?」
「お金持ち……」
実際には、僕は生まれた時点でお金持ちではあった。
家族から蔑まれてはいたけど、明日の食事に困るとか一日中労働に明け暮れているみたいな生活とは、無縁。
だからこそ、街の住民からも蔑みの目で見られてはいたのだけど。
自分の家に執着はない。だからライラの言うように、家を継ぐことで金持ちになるのに興味はない。
だけど、お金は無いよりある方がいいに決まってるのも事実。
「なになに? ギルってばお金持ちになりたいの? あたしのお嫁さんになれば、家を継がせてあげられるけど!」
僕が答えに困っているのを、リーンは目ざとく見つけた。
いやいや。ヒカリと言い争いしてたはずでは? 僕の話にも耳を傾けてたのだろうか。
「やめなさい、リーン。ややこしくなるだけだから」
「そうね。あたしもあの家に戻るのは嫌だし。これからはみんなで、たくさんお金稼いでお金持ちになりましょう!」
「うわっ!?」
ヒカリにたしなめられたことを素直に受け入れるのはいいとして、なんでリーンは僕に抱きつくのだろう。
胸がちょうど僕の顔に押し付けれる。
柔らかい感触に背徳感を覚え、なんとかリーンの両腕から逃れようとする。だけどリーンの腕っぷしの方が強くて、逃れられない。
「リーン! やめなさい! ギルが苦しそうでしょ! その無駄な脂肪のせいでギルの息が詰まるってば! 離れなさい! 離れろ!」
「ふふん。無駄があるのは、余裕があるとも言えるのよ。胸に脂肪のない子は、心にも余裕がないのかしら?」
「むきー!」
ああ。ヒカリが明るくなったのはいいけど、にぎやかすぎるのも考えものだな。
そんな感じで歩みを進めていけば、やがて目的の街にたどり着く。
僕の故郷ホーマラントの街から北東にしばらく行けば、巨大な壁が見えてくる。
この城壁に囲まれた内側が、城塞都市エラルドの街だ。
ホーマラントから比較的近くて大きな街ということで、この都市を目的地に選んだ。
ホーマラントの街も、市街地を大きく柵で囲って外敵の侵入を防いでいる。
この場合の外敵とは害獣なんかのことで、例えば他国から軍隊が攻めてきた場合は想定していない。少しは防御にも役立つかもしれないけど。
けれど国内には、軍隊に攻め込まれた場合を想定して、巨大な城壁を有した都市がいくつもある。これが城壁都市。
城壁が作られる都市は、例えば人口が多かったり、戦略的または経済的に重要な資源を有していたり、他国との国境にある街などだ。
……ということを、僕は故郷での修行中に本を読んで学んだ。
でも実際に巨大な建造物を目にするのはわけが違う。
目の前にそびえ立つ城壁は、故郷の街にあったどの建物よりも大きく、見る圧倒する迫力があった。
この街に攻め込もうとする者を畏怖させるような大きさ。
「へー。なるほどねー。高いね」
「すごいね、ヒカリ。僕、こんな大きなもの初めて見たよ」
「そうなんだ。わたしは……故郷でこれより背の高いビルは何度も見てきたかな」
「え? 本当に?」
「あ。ええっと! でも石と煉瓦でここまで大きくした壁は初めて見たよ! ほら、わたしの故郷の大きな建物って、だいたい鉄とコンクリート製だから! それに、こんなに横に長い壁も見たことないし、うん、すごいよ! ギルの言う通りすごい!」
僕の興奮を削いだことに罪悪感を覚えたのか、ヒカリは必死にフォローする。別にいいのだけど。
「は、話は変わるけどギル! この街って重要な拠点なんだよね。ええっと、この国の……なんとか王国?」
「カルラット王国」
「そうそれ! カルラット王国にとって、この街はどう重要なのかな?」
ここに来るまでの徒歩の旅の途中、ヒカリにこの世界のあらましはある程度伝えた。
けれど一度に色々教えたし、聞き慣れない単語も多かっただろうから、覚えきれてないらしい。今いるこの国の名前自体もわかってないみたいだし。
仕方ない。必要があれば、その都度また教えよう。