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2-1 次の街へ

 月の出ていない夜の街は、ほとんど完全な闇に支配される。


 住民はこの頃にはとっくに寝ている。


 領主が住む城や役人の仕事場とか、夜中の突然の出来事に備えてる建物以外は、家々や店の明かりもとっくに消えている時間。

 昼間は人通りが多くて活気に溢れていた大通りも、今は人っ子ひとりいない。


 そんな寝静まった街の通りを、少女は悠々と歩く。右手に持った火球を明かりにして。


 その火球は小さなものだったが、暗闇に支配された夜の街では十分に目立つ。誰かが見かければ、不審がって声をかけるだろう。


 そして今夜は今のところ、声をかける者もいない。


 当然か。今歩いているのは、街の中心部で特に治安のいい所。貴族までとはいかなくても、裕福層が集まった住宅街。善良な住民はみんな眠りについている。

 もし少女を見かけた者がいれば、それは善良ではない者。そして、ここの住民ではない者。


「おーい、女。こんな夜中に散歩かあ? 俺もだよ。ちょっと一緒に歩かねぇか?」


 突然、どこか間延びした太い声が耳に入る。そちらを見ると、痩せた中年男性が目に入った。小さな松明を明かりにして、この近辺をうろついていたらしい。


 痩せているのは栄養不足のため。痩けた頬は垢で汚れ、清潔感とは程遠い。ニッと笑った口から覗く歯はボロボロだ。

 言葉遣いも、この付近の住民には似つかわしくない下品さ。


 この男がこの近辺に住んでいて、自称するように夜の散歩をしてるとは、到底思えなかった。


「なぁ? 聞いてるのか? 俺と一緒に来いよぉ。ぐふふ。そんな格好して、誰かに声かけられるの待ってたんだろぉ?」


 薄気味悪い笑い声と共に、男は松明で少女の足元を照らす。赤く丈の短いスカートから伸びる足に目を取れているようだ。


 けれど少女は、こんな誘いに乗る気はない。代わりに、質問をひとつ投げかける。


「あんたが最近噂になってる泥棒か?」


 少女らしい声で、ずいぶんと男勝りな強い口調の質問。


 問われた男はどう答えるべきかわからず、とりあえず笑顔を見せた。少女はそれだけで察する。


「違うか。そうだよな。盗んだ金を貧しい奴に配るなんてことしそうな奴じゃねえ。おおかた、便乗して盗みを働こうとこの辺りを物色して、女を見つけたから手を出そうと声をかけたとかだろ?」

「な、なにを言って……そんなはずがないだろぅ?」

「その慌てよう、図星だな? まったく。人違いに時間取らせやがって。だが泥棒しようって奴を放っておくのもできねえな」


 少女は右手に持っている炎に魔力を注ぎ、火力を上げた。

 目の前の男はようやく、少女の明かりが普通の持ち方をされていないことに気づく。


 手のひらに直接炎が乗っているなど、この男の常識ではありえない。


「痛い目見る前に考えを改めたほうがいいぜ、オッサン!」


 威勢のいい言葉と共に、少女は手のひらの炎を男に向けて勢いよく吹き付けた。



――――



 歩けど歩けど、周りに見えるのは一面の草原。風景が変わることがあるとすれば、時々人とすれ違ったり馬車に追い抜かされるくらい。

 それも、一日目の終わりにはもう飽きた。


 あまりに退屈な日々が三日ほど続き、そのうち一日だけは途中で経由した小さな村で宿に泊まれたけど、残りは野宿で夜を明かした。


 そんな日々に、ヒカリが音を上げ始めた。


「ねえ! ねえみんな! こういう移動はいつまで続くのかな!?」

「たぶん今日のうちに、エラルドの街には着くはずよ? そうよね?」

「はい。すでに街を含んだ領内には入っているので。昨夜の村は、エラルド領のはずですから」

「だったらなんで着かないかなー?」

「ヒカリ。おちついて?」

「うあー。年下にたしなめられるなんて……」

「わたし、ヒカリよりとしうえだよ? せんさい」

「知ってる。知ってます……」


 ライラは長命種のハイエルフで、見た目よりずっと年上。だけど外見だけは子供にしか見えない。

 それにたしなめられるのが屈辱なのは、なんとなくわかる。


「うあー!」


 ついにヒカリは地面に座り込んでしまった。


「疲れた! もう歩きたくない! なんか一生分歩いたって感じがするんだけど!」

「情けないわね、ヒカリ。これくらい、旅人なら普通よ?」

「わたしは……今は旅人だけど……ちょっと前までは違ったもん……都会っ子だったもん。遠出するなら電車移動だもん……。それかお父さんが車で送ってくれるもん……」


 デンシャとジドウシャ。ヒカリの世界にある、雷や燃える油を使って動く鉄の箱。


 そんな物が存在するのかちょっと信じられないけど、ヒカリの世界の人間は自分の足で歩く機会がこの世界よりは少ないというのは確からしい。

 少なくとも、こんな風に何日も歩きっぱなしはありえないそうだ。


「都合よく行商人の馬車に乗せてもらえればいいのですけど」

「うまくいかないね。のせてもらえない」

「仕方ないわ。追い越してきた馬車はみんな満員。行商人の荷台なんて荷物でいっぱいだし、護衛もいる。通りすがりの冒険者を乗せる余裕はないわ」

「素性のわからない冒険者ですから、尚更ですよね」


 護衛は道中の不審な人物から商人の財産を守るためにいる。

 通りすがり冒険者は、まさにその不審人物だ。

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