1-55 剣士対魔法使い
「シャロさん。あなたの頭脳は本当に素晴らしい。是非とも同盟に加わってほしいものです。どちらがいいですか? このまま殺されるか、同盟とヘテロヴィトに忠誠を誓うか」
「わ、私は……」
ぎりぎりと首を絞めるクラウスの手をなんとか剥がそうと、シャロは片手で押さえつけた。
正確には、そう見えるよう芝居をした。
そしてもう片手でポケットから小瓶を取り出し、クラウスの腕に叩きつけた。
鼻孔をくすぐる甘い匂い。
直後に、周囲の狼たちが興奮状態に陥り、獰猛に吠え始めた。クラウスもこれが何なのか察しがついたようで。
「シャロさん。あなたまさか」
「けほっ……ま、まだ!」
クラウスの手が首から離れたけど、シャロは咳き込みながらもその手を掴んで自分の服にこすりつける。
自らの首につけていた狼よけの香料は、今のでクラウスの手にも付着したはず。それを拭い去るため。
もういいだろうと手を離したのと、狼の一匹がクラウスの腕に噛み付いたのは同時だった。
悲鳴をあげるクラウスから離れながら、自分の手にもついた引き寄せの香料を狼避けの香料を塗った箇所にこすりつけて匂いをごまかす。
それでも一匹のミーレスがこっちに襲いかかってきて。
「シャロ! ふせて!」
その狼の首を矢が射抜いた。
そして、次のミーレスは襲いかかってこなかった。
クラウスを一応は味方と認識していたらしいミーレスも、とびきり強く調合した香料の力で豹変した。本能には抗えなかったのだろうか。
香料を塗った腕に大量の狼がなだれ込み、既に食いちぎられつつあった。
多量の血が床へ流れ、元々白かった顔が青くなる。叫び声もだんだん弱くなっていった。
「ライラ。とどめを」
「いいの? どうめいのこと、もっときけるかも」
「いいんです。助けて捕らえたとしても、彼は話さないでしょう。彼の忠誠心は本物です。……そういう人でした」
ライラは何も言わず、息も絶え絶えなクラウスの首を正確に射抜いた。
――――
「あたしのこと好きなんでしょ! ティア! こんな壁取っ払って、あたしに抱きついてよ! 胸に顔うずめていいわよ! あ、でもその前にその血はなんとかしてね!」
「うるさい! 黙ってて!」
リーンは先程から煽る言葉をかけながら斬撃を繰り返し、障壁に阻まれ続けていた。
魔法の障壁をなんとかかいくぐり、本人を斬ろうとリーンは試みていた。フローティアの必死の立ち回りによりその試みは成功していないが、慣れない戦闘と魔法を使い続けている状況で確実に消耗している。
「体力足りてないわね! 普段運動しないでしょ! あんたも冒険者やってみたら!?」
「お断りよ! あんな汚らしい仕事なんて!」
「その汚らしい仕事してる女に、あんたは負けるの!」
再度フローティアへ踏み込み、障壁の脇を抜けて肉薄。胴体を剣で突こうとして。
「轟け、雷よ!」
「っ!」
ずっと左目を抑えていた手がこちらを向く。そして青白い小さな雷光が、剣を握る手を襲った。
バチリという音と共に、指が開かれ剣を取り落とす。
指が勝手に開いてしまった。魔法によるものか、それとも雷光が人間にそう作用したのかはわからない。
「ああもう! でも、まだっ!」
わからなくていい。今は目の前の女を倒すことが先決。
リーンは構わず踏み込み、開いたままの手でフローティアの喉を無理に殴りつけた。
激しく咳き込むフローティアに対し、何か詠唱される前に再度喉を殴った。
「がはっ、あ、か」
「まだまだ!」
また殴る。たまらずフローティアは両手で喉を庇ったから、今度は顔面を殴った。鼻に拳が直撃。
ヒカリが捕まっていた間に何があったかは知らないけど、戦う前にフローティアの顔はざっくりと裂けていた。
左目はもう使えないだろう。治癒魔法とやらを使えばわからないけど、使わせる気もない。そして今の殴打で、鼻が折れたようだ。
「元は美人だったのに、もったいない! でも、もっとボコボコにしてあげるから!」
既に及び腰のフローティアの腹を殴り、それからまた顔を殴る。
「剣士から剣を奪ったからって、勝った気になられちゃ困るわよ!」
また顔を殴られたフローティアの歯が折れたようだ。口の中を切って、血を吐く。
「あんたって無詠唱魔法って芸当、できたっけ!? わからないから、魔法を使おうって考える暇がないくらい痛めつけてあげる! その方が安心だし!」
「あ、がっ、がはっ」
背を向けて逃げようとしたフローティアの髪を掴んで、床に顔面を叩きつけた。それも繰り返し。その度に、高そうな絨毯に血の跡ができる。
「痛い!? 痛いでしょ!? あなたの罪への報いの痛さよ! 怪物と手を組んだ罪とか! あたしの仲間を連れ去った罪とか! なにより、あたしのギルを騙してた罪の!」
最後にフローティアの顔面を思いっきり蹴る。
怪物を愛して悪に身をやつした女は、しばらくはピクピクと全身を痙攣させていたが、やがて静かになった。