1-54 同盟の理念
並び立つフローティアとスキュラを睨みつける。
ルミナスは、森の樹木でさえへし折った光球を作りそちらへ放った。
「照らせ、光よ。そして守れ。プロテクション!」
ところがフローティアは、防御魔法で光の障壁を作り出して防いだ。ルミナスが出すのと似た、円形の盾。
「うあー。やっぱ魔法って厄介だなー」
ルミナスは心底嫌そうな口調だけど、そこまで心配することじゃない。なぜなら。
「ティア! あたしのこと忘れてないでしょうね!?」
障壁を張るフローティアの側面に、狼の一体が投げ込まれた。一歩引いてこれを避けた彼女に、剣を構えたリーンが迫る。
「言いたいことは多いけど! とりあえずあんたをボッコボコにしてやるわ!」
「マリリーン! あなたもわたしの楽園に入れてあげるつもりだったけど、そのガサツな性格は治してもらわないと困るわ!」
剣で斬りつけるリーンの一撃を、フローティアは障壁で受けた。斬撃は完全に防がれたけど、リーンは一切怯まず次の攻撃に移る。
「入らないから結構よ! ルミナス! この女の相手は任せなさい!」
「うん! ありがとうリーン! ギル、行くよ!」
「わかった!」
フローティアの加勢に入ろうとしたスキュラに、ルミナスの光の矢が飛ぶ。しかしスキュラは近くにいたミーレスを触手で持ち上げ、これを盾にして防ぐ。
「前から思ってたけど! 味方を盾にするってあなたの良心は傷まないの!?」
「ミーレスはアタシの作った兵士。アタシを守れるなら光栄に思っているわ」
「やっぱその考え方嫌い!」
光の剣で斬りつけるけど、それも別の狼が飛びかかって阻止された。
主の危機ともなれば、嫌な匂いだろうが耐えて攻撃を仕掛けるらしい。
ミーレスにもそれなりの忠誠心がある。それを含めて異様な生き物だけど。
だから、殺さないといけない。
――――
「クラウス! 待ちなさい!」
「あいにくですが、私は戦いが苦手でして!」
戦闘が始まって、クラウスは一瞬だけヘテロヴィトに加勢しようと試みたらしい。けどすぐに考えを翻し、自分がいた階段を駆け上がり逃げ出そうとした。
屋敷の別の出入り口から脱出する算段らしいが、そうはいかない。
足元に矢が刺さり、クラウスは立ち止まった。
「ライラ。次に彼が動けば、足を射抜いてください」
「うん。わかった」
二本目の矢をいつでも放てるように、ライラは既に弓を引いていた。
「クラウス。今更、なぜおぞましい怪物を崇拝する集団に組みしたのかは訊きません。ですが、怪物の犠牲になる人を減らすため、同盟のことは教えてもらいます」
「私を尋問するつもりですか? ヘテロヴィトの美しさを理解できないあなたに、話すことなどありませんが」
「手足を射抜かれても同じことが言えますか? ライラ」
先程の指示通りに矢が放たれ、まっすぐクラウスの右膝に向かって飛び、弾かれた。
「なっ……」
「戦いが不得手な私が、荒事になんの対策もしていないとお思いでしたか?」
不敵な笑みを浮かべながら、クラウスは階段を駆け下りふたりの方へ向かう。
「ライラ。喉を」
「うん!」
次の矢も正確にクラウスの喉に迫るが、彼が庇うように差し出した手の甲に弾かれた。
そこに血は滲んでいるけど、貫通もしていなければ大きな怪我を負ったわけでもなさそう。
「まさか、体の中に何か埋め込みました? 鉄板かなにかを」
「ご名答! 薬品と魔法で処理され、錆びも劣化もしなくなった金属片を体の各所に入れてもらいました! これなら戦いの素人でも身を守れますしね!」
「まともじゃありませんね……ライラ、避けて!」
局地で生きるリザードマンのように、目的のために己の体を作り変える者がいる。
同盟の人間の場合、己が身を守るためにそんなことまでやっているらしい。
クラウスはより脅威になるライラに目標を定めた様子で、接近しつつ殴りかかる。
ライラは飛び退きながら避け、ついでに再度矢を放つが、それも弾かれた。
接近戦だと弓使いのライラは不利。一気に間合いを詰めたクラウスが殴りかかる。咄嗟に腕で防御したライラは、しかしその軽い体を突き飛ばされ、床に尻もちをついた。
「ライラ!」
私が助けないと。シャロは短剣を抜いて構えた。普通に考えて、自分の力ではクラウスに勝てない。
ならば策を弄するしかない。
「クラウス!」
短剣を振り上げてクラウスへ突進。クラウスもこっちを振り向いた。仲間を救うためのがむしゃらな突撃に、失笑している様子。
「相変わらず武術の腕はからきしですね。学者にも体力は必要ですよ?」
こちらに目標を変えたクラウスが、片手の甲でナイフを受け止めつつ片手で腹を殴る。
容赦のない一撃に、一瞬視界が暗転した。持っていた短剣も取り落とす。
しかし直後にクラウスの腕がシャロの首を掴んだため、転倒することも許されなかった。
「まともじゃない。先程そう言いましたね? あなたの平凡な感性では、理解できないのでしょうか。見てください、あのヘテロヴィトの体を! 人と狼が完璧に調和した姿!」
「調和? おぞましいだけですよね……ううっ……」
痩身の男とはいえ全力で首を絞められ、それ以上言い返すことはできなかった。
「シャロ!」
「そこで動かないでください、おちびさん。シャロさんがどうなってもよろしいのですか? さてシャロさん。ヘテロヴィトは人類の目指すべき姿と、我が同盟は考えております。その意味がわかりますか?」
「さあ。興味ないです。けど、なんとなくわかります。真似したいのでしょう? 動物と混ざりたい。植物でも鉄の欠片でもいいから、人以外の何かと混ざりたい」
「さすが! さすがですよシャロさん! その通り!」
シャロの首を締めながら、金属片の埋められた手の甲をうっとりと眺める。
「人間の新たな可能性! 人類は知能こそあれど、鋭い爪も牙も持たぬ脆弱な生物。しかし他の獣の力を持てば、どんな生物も恐るるに足らず! ああ。その強さこそ我らの目指すもの!」
ヘテロヴィトは人と獣の融合の仕組みを調べる対象でもある。
同盟は動物との融合は果たせていないが、人体を強化するために体内に金属を入れるくらいは平気でやっている。
その根底にあるのは、融合した物を美しいと思う心か。