1-50 フローティア
「直したところで使い物になるかはわからなかったけど、大丈夫そうね」
「直した? どうやって」
その答えは、後ろにいるシャロが告げた。
「この街には腕のいい鍛冶屋がいますから。恩は売っておくものですね。割れた箇所をモルライト鉱石を溶かして繋ぐことで、元の機能は保てるのではと考えました」
「ルベルノさんが直してくれたの?」
必要なら助けになってくれると言っていた。
魔力の伝導に優れたモルライト鉱石なら、ブレスレットの機能は損なわれないという理屈もわかる。
「けどモルライトなんて高価なもの、どこで手に入れ……持っていたね。そういえば」
「あのきれいないし、すきだったけど、ヒカリのためならつかっていいよ」
パブロが捕まった時に落として、ライラが拾ったあれだ。
「ギル。そのブレスレットは、あなたの手でヒカリに返しなさい」
迷いは無い。最初からそうだった。しっかりと頷いた。
あとは、どこに助けに行けばいいかだけど。
「ヘテロヴィトがどこに逃げたかですね。やはり森に隠れてるのでしょうか」
「違うと思う。ヒカリもヘテロヴィトも、街の中のどこかにいるはず」
「そうね。教会から出て逃げていくあいつを追いかけようとしたけど、街の中心部の方に走っていったように見えたわ」
残されたミーレスに阻まれてそれ以上は追いかけられなかったと、リーンは付け足した。
そもそも、どうやってヘテロヴィトは街の中に入ったのか。
あの姿を晒したままでは、もちろん門番に止められる。となれば、何かで隠す必要がある。
「馬車の荷台とかでしょうか。大きな商隊の馬車なら、中身を全部確かめることは滅多にありません。特に、街に何度も訪れている商人なら」
「パブロとか?」
「はい。ここ数日は、出る時は荷台も全て確認しているそうですけど」
「クラウスだっけ。咆哮同盟の人が隠れているかもしれないから?」
シャロはこくりと頷いた。他でもない彼女の要請で、そうなったのだから。
「つまりヘテロヴィトは、パブロの手引きで街に入ってそのまま出られなくなった。パブロが捕まって死んだ上に、確認が厳しくなったから」
「ちょっと待って。なんであの商人は、怪物をわざわざ街に入れたりなんかしたの? 見つかったらそれこそ終わり。危険すぎるわ」
「商人は顧客が欲しいものを届けるのが仕事。小さな子供でも、怪物でも。たぶん、森に住む狼のヘテロヴィトを、パブロは街に来るたびに拾って街の中に入れていた」
「ヘテロヴィトをほしがるひとが、いるの? それはだれ?」
「それは……」
パブロの顧客。危険に見合う報酬を払えるだけのお金持ちの家の誰か。
昨日、ヘテロヴィトは去り際に僕を異常者と言っていたから、その言葉の知識を持った魔法家の人間と会話していた可能性が高い。
ヘテロヴィトを匿うための広い空間が必要。立派な屋敷とか。家族や使用人にも気づかれないように、家の中でも誰も入り込まないような空間がある屋敷が好ましい。
例えば、家を出た家族が使っていた汚らしい部屋とか。
パブロが縄で首を吊って死んだ前日、縄を買っていた人物がいた。その人の兄も縄で死んだ。
その人は僕たちがパブロを捕まえた後、大した用もないのに僕のもとを訪れた。
何か掴んでいないか探るように。その一方で、僕が屋敷に向かうのは固辞した。
推測の積み重ねでしかない。けれど、その人が黒幕だと考えるのが自然に思える。
「フローティアだ」
――――
ヒカリが目覚めると、床に敷かれた布の上に寝かされていると気がついた。
ここは屋内。それも、かなり広い。
頭上に見える大きな窓からは日の光が差し込んでいて、日中だとわかる。それに照らされたここは、品のいい調度品がそこかしこに並ぶ美しい空間。
起き上がろうとして気づく。両手が縄で結ばれていた。足は拘束されていないため立ち上がることはできた。
空間の一角に、大きな扉がある。その反対側には、上階に続く幅の広い階段。玄関ホールって言うのかな。
きっと、屋敷の玄関を入ってすぐの場所。ということは、あの扉の向こう側は外のはず。
けれど歩いてこの場から立ち去るのは難しそうだな。
周囲を異形の狼に取り囲まれていた。その数、数十匹。単眼だったり異様に耳が大きかったり。
そんなミーレスが、いつでもヒカリに飛びかかれる体勢で見張っていた。
「いつ見ても気持ち悪い顔してるよねー。そんな姿に作られて、なんか文句とかないの?」
「その子たちと話しても無駄よ。アタシの言うことしか聞かないから」
ヒカリに声をかけたのは、女の上半身を複数の狼が支えている怪物。ヒカリをここに連れてきた張本人。そしてその隣には。
「こんにちは、ヒカリ。ようやくゆっくり話せるわね」
「フローティア……」
家族の中で、唯一ギルに優しく接していたという姉。それが怪物と一緒にいる。
「確認ですけど、フローティアさんもその怪物に捕まってる、とかじゃないですよね」
「当然よ。わたしたち、仲がいいの。それに怪物なんて言わないで。スキュラと呼びなさい。わたしがそう名前をつけたんだから」
それは見てわかった。ふたりは身を寄せ合ってこっちに向かってきている。人食いの怪物とかヘテロヴィトとか呼称される存在に、固有の名前をつけている。
このふたりは協力関係にあると、はっきりわかった。




