1-5 僕の魔力
「本当!? よし! ちょうだい!」
ルミナスは途端に明るい表情になった。反面、僕は失敗したかもって考えが脳裏によぎる。
「で、でも! 僕は出力異常者で」
「それが何かは知らないけど、何もせずここで死ぬよりマシでしょ!」
光る盾を狼に向かって投げ捨て牽制しつつ、飛びかかってきた一体に新しい剣を作って投げつける。
さっきまで鮮やかだった髪の色が、元の黒髪に近いくすんだ物になる。そして今の攻撃に狼が怯んだ隙に、ルミナスは右手で僕の手を握る。
瞬間、体が重くなるような感覚に襲われた。けどそれは一瞬のこと。
握られた手に目を向けると、ルミナスのブレスレットが視界に入る。鈍い金色だったその色がみるみるうちに鮮やかさを増し、また強い光を放った。
「よしいける! ていうかなにこれ、力がみなぎってくるというか! すごい!」
解かれた髪も胸元のリボンも髪の色も、全部が元に戻っていた。
さっき変身した姿と同じどころか、体全体が微かに光を放っていた。魔力が有り余っているのだろうか。その姿はとても。
「きれい……」
自然とそう口に出た。
それは、鬱々とした日々を過ごしていた僕の前に現れた、祝福の天使だった。
「行くよギルバート! つかまってて!」
「うわ!」
そんな感動にひたる暇もなく、ルミナスは僕の体を左腕で抱きながら跳躍。
人間が跳べる高さじゃない。しかも人を抱えながらなんて。
当然ながら狼にも手が出せない高さで、ルミナスはそれを見下ろしながら右手を天に掲げる。
「喰らえ! シャイニーシャワー!」
手のひらの上に巨大な光る球体が現れて、すぐに弾けた。数百本の細長い矢に変わったそれが、眼下の狼に一斉に降りかかる。
まさに雨のごときそれを狼が避けるのは不可能で、次々に刺さり絶命させる。
僕を抱えたままルミナスが軽やかに着地した時には、あれだけいた狼は全滅していた。
「す、すごい」
「すごいでしょ! でもギルバートのおかげ!」
「うわっ!」
褒められたのを素直に喜びながら、ルミナスは抱きついてきた。慌ててそれを受け止める。ルミナスは年上で僕より少し背の高いから、ちょっとよろけてしまった。
ルミナスの暖かく柔らかな体の感触に、ちょっとだけ緊張してしまう。ルミナスはそんなこと気にする様子もない。
「ギルバートが魔力をくれたから勝てたの! だからこれは、わたしたちの勝利」
「僕の、魔力?」
「そう。あなたの!」
そんなはずは。僕は出力異常者で魔力を出せない。そんな言葉が口から出そうになって、やめた。
ルミナスが言っているのだから、本当にそうなのだろう。それよりも。
「ギルって」
「え?」
「ギルって呼んでください。親しい人には、そう呼ばれているので」
「そっか! いいよ! ありがとうギル! そうだ。ギルも敬語はやめてよ。親しい人、でしょう?」
「え、あ。はい。じゃなくて。うん、わかったよ」
「えへへ!」
魔法少女を名乗った彼女は楽しそうに笑ってから、ひときわ強く僕を抱きしめた。
変身解除。
魔法少女ルミナスからヒカリに戻ることを、彼女はそう表現した。ピンク色の服から、倒れていた時の紺と白の服装に。胸元のリボンはスカーフに変わった。
見たことのない、変わった服装。
「本当にセーラー服知らない? そっか。無い世界なのか。本当に違う世界来ちゃったんだなー」
違う世界。ヒカリがさっきも口走っていたこと。
意味はよくわからないけど、ヒカリの世界では変身できるのは普通なのかな。
「いやいや。魔法少女なのはわたしだけ。まあ他にもいるかもだけど、知ってる限りわたしだけ。あー。スマホは駄目だな。まだ二年経ってないのにー」
気になったから尋ねたところ、そんな否定の返答。
それからスマホなる、さっき狼に噛み砕かれた板を拾い上げた。
黒く光沢を放っていた板は、狼の唾液にまみれながら真っ二つに折れていた。用途はわからないけれど、これでは使えないのはわかった。
「仕方ないか。どっちにしろここじゃ使えないし。そういえばさ、ギルの剣も折れちゃったよね。ごめんね。大事なものだった?」
「ううん。お店で買った安いやつ。それに、明日には買い換えるつもりだったし」
同じく狼の口の中で真っ二つに折れた木剣を見下ろす。
そもそも折れたのはヒカリのせいではないけれど、彼女はかなり気にしている様子。
「そっかー。よかった。本当によかった……わたしって、なんか周りの物を壊しがちらしくて。物使いが荒いってわけじゃないんだけど。破壊神なんてあだ名までつけられて」
「そうなんだ。それは大変だね」
「ありがとう。でもいいの。わたしはそういう運命にある女なの。ああ……」
ばたりと音を立てて、ヒカリは地面に倒れ込む。具合でも悪いのか。まさかさっきの戦いで怪我をしたとか。心配になって駆け寄ったところ。
ぐう。と気の抜けた音が聞こえた。
「お、お腹すいた……」
「えっと。パン、食べる?」
「食べる……」
本当は僕のお昼ご飯なんだけど。まあいいか。
「おいしい! コンビニのパンとはだいぶ違うけど、これはこれでいけるね! てかお腹すいてると何でもおいしくなるね! いやー。財布の中が空で強制ダイエット生活だったんだけど、やっぱ断食なんてやるものじゃないね!」
「そ、そう……」
露店で買った安いパンをむしゃむしゃと食べるヒカリに圧倒される。
相変わらず、わからない言葉をいくつも言っている。でも気に入ってもらえてよかった。