1-49 ヒカリと一緒に
首吊り自殺か。そういえば、最近パブロも同じ死に方をしていたな。あれは……。
「ギルくん。神父様が呼んでるよー」
「へ? ありがとう。行くよ。執務室?」
「神父様のベッドだよー」
子供のひとりが知らせにきてくれた。
そりゃそうだ。神父様だって怪我をしていたはず。だけどもう起きて、話せる状態らしい。さすがだな。
「神父様。お怪我の具合はどうですか」
「元気に動けるわけではないですが、大丈夫ですよ。これでも元冒険者です。体力には自信があります」
そうは言うものの、腹に包帯を巻いた姿は痛々しい。それで平然とベッドから起き上がろうとするのだから、体力があるのは本当だろうけど。
「ギルの方こそ大丈夫ですか。頭を打ったようですけど」
「大丈夫です。見ての通り、普通に動けます」
「そうですか。では、ヒカリさんを助けに行くつもりですか?」
僕と話をしたがっていた理由はそれ。そして返事をする前に、神父様は続けた。
「人食いの怪物が人を攫った。となれば、彼女はもう生きてはいない可能性も高いです」
最悪の事態は想定するように。彼は険しい表情で告げた。けど、希望を持っていいはず。
「あのヘテロヴィトは、明確な目的を持ってヒカリを連れていきました。だったら、しばらくは生かしているはずです。だから取り戻します」
「そうですね」
神父様の表情は、いつもの人当たりのいい笑顔に戻った。
「これをヒカリさんに無断で話していいものかはわかりません。けど、ギルには言っておくべきでしょう」
そのまま神父様が語りだしたのは、ヒカリが向こうの世界にいた時の出来事。以前ヒカリが神父様に話していたことらしい。
ヒカリの家庭のこと。魔法少女になった経緯。父と弟を失ったこと。
ヒカリが僕を、亡き弟に重ね合わせていること。
「そんなことが。でもわかりました。ヒカリがなぜ、僕なんかを気にかけてくれたのか」
「ギル。僕なんか、ではありません。ヒカリさんもギルに救われているのですから。しかしヒカリさんが罪悪感を覚えているのも事実。なので助け出せた時は、お互いよく話してください。いい機会ですよ」
「……そうですね」
いい機会。敵に捕まって無事も定かじゃないのに、これは間違いなくいい機会だ。
絶対に助けるという決意は固まったものの、ひとりでは不可能だ。リーンたちの助けが欲しいけど、用事があるらしく教会にはいない。どこに行ったのだろう。
探しに行こうと外に出ようとしたところ、ちょうど三人揃って帰ってきた。
「ギル。ちょっと話しがあるの」
険しい顔をしてそう言うリーン。またか。今度はなんだろう。
未だに狼の死骸が多く転がっている礼拝堂の椅子に、リーンと並んで座る。シャロとライラは僕たちの後ろの席に座っていた。
「ヒカリを助けたいのはわかるわ。当然そうするべきよ。でも、助けた後のことは考えている? ギルが今後冒険者をやる上で、ヒカリの存在は邪魔になる」
「どうしてそんなことを言うの?」
その答えは、大体予想はついていたけど。
「ヒカリが変身するためのブレスレット、壊れたでしょう? あの子はもう、ただの女の子。戦う力もない。あなたが冒険者としてこれから大成するつもりなら、ヒカリはいらない」
「それは……そうかもしれないけど」
冒険者として名を上げると決めた以上、戦う力を失ったヒカリと一緒にいる意味は無い。それはわかっている。
いずれは僕も、リーンみたいに旅に出るつもりだった。その際、ただの女の子でしかないヒカリを連れるのは、確実に足手まといになるだろう。
でも。だとしても。想いが変わることはなかった。
最初は、ヒカリの力があれば冒険者として楽に仕事ができると思っていた。だから一緒に行動することにした。
けど今は違う。ヒカリと一緒にいたい。
ヒカリのことが大切だから。僕を弟に重ねて守ってくれるヒカリのことを、僕も好きだ。
「ヒカリと一緒にいたい。ヒカリに助けられたから、今度は僕がヒカリを助ける。一緒にいられるよう努力する。剣での戦い方を学んでもらう。だから」
だからヒカリと、これからも一緒にいる。さっき神父様と話して決めたことを繰り返す。
「そっか。わかった。ごめんね。試すつもりで、意地悪なこと訊いちゃった」
「え?」
リーンが表情を変え、少し気恥ずかしそうな笑顔を見せる。少しだけ驚いたけど、リーンがひどいことを言うはずがないともわかっていた。
「ギルのことだから、その答えが来るってわかってた。でも、あわよくばあの女なんか忘れて、ギルがあたしだけ見てくれたらなーって期待も……ちょっとだけあったかな」
少し寂しそうに。それからさっぱりした様子でリーンは言い切った。
「そんなこと考えたの?」
「ちょっとだけ! ちょっとだけだってば。でも負けました。まったく、あの女のどこがいいのか……ギル。手を出して」
言われるままにリーンの前に差し出した手に、金属製のブレスレットが乗せられた。
昨夜真っ二つに割れたはずのブレスレットが、元の形に戻っていた。
僕が触れた途端、魔力を吸い取り金色に輝き始めた。