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1-46 幸せなひととき

 フローティアは服の下に隠していた縄を手に取り、輪と結び目を作っていく。


「なので首吊り自殺にします。普通の縄なら調べられませんし、買ったのが残ってましたから。他殺を疑われても、非力なわたしが兄上を持ち上げることなど不可能ですし」


 天井の梁に縄をくぐらせ、作った輪をガイバートの首にかける。縄の反対側を引いて彼の体を引き上げれば、自殺死体の完成だ。


 なぜと目で訴えかけるガイバートに、妹は笑顔を返した。


「わたしとしては、兄上が失意の内に自ら命を断つのが都合がいいんです。それにわたしのマリリーンと結婚なんて、分不相応な考えをするからですよ? ギルが止めてくれて本当に良かった」


 縄の反対側を引いて、強度的に問題ないと確認。ただし自分で言ったように、フローティアの腕力ではガイバートの体を持ち上げられない。


 そんなことは承知とばかりに、彼女は指を鳴らす。


「兄上が自殺する理由が出来たので、結果的には良かったのかもしれないですが」


 その合図で、部屋の中に何匹もの狼が入り込む。


 なぜ街の中、建物の中に狼が。そんな疑問を持つ余裕はガイバートになかった。

 狼がそれぞれ、単眼だったり口が大きく裂けていたりと、異様な姿なのにも気づかなかった。


「さようなら、兄上。家はわたしが継ぐわ。わたしの好きなように、ね」


 ガイバートが最後に見た光景は、狼が一斉に縄に噛みつき引っ張ったというもの。

 やがて首にかけられた輪が持ち上がり、締まっていく。彼の体が宙に揺れる頃には、彼の意識は途絶えていた。



「死んだわ。ただの首吊り自殺に見えるようにするから手伝って、スキュラ」


 フローティアが部屋の外に声をかけると、怪物が窮屈そうに扉をくぐって部屋に入る。


 人間の女の上半身を支えるのは、六匹の狼。その接合部からは触手が生えている。狼のヘテロヴィトをフローティアはスキュラと呼んで、特に恐れる様子も見せなかった。


 ふたりで協力して、ガイバートの遺体を動かし縄を切って梁に結びつけ、死ぬ前に体を支えていたことになっている椅子の位置を調整。

 あっという間に、失意の中で酔った結果、勢いで首を吊った男の完成。


「じゃあスキュラ、あの部屋に戻ろうかしら」


 そう言いつつ異形の怪物であるヘテロヴィトに対して、フローティアは一切の躊躇なく抱きつく。スキュラと呼ばれた女の胸に顔を埋めた。



「あの部屋、汚くて嫌いなんだけど」

「仕方ないわ。元は弟が使ってた部屋。今は誰も入ろうとしないから、スキュラが隠れるにはぴったり。ほら、あなたって目立つから。隠さなきゃいけないの」

「今夜はまだ、この姿を晒すわけにはいかないのね。ティアのご両親に挨拶したいのに」

「そう。明日まで待って、ね?」

「いいわ。ティアのお願いなら聞いてあげる。それにしても"わたしのマリリーン"ね……」


 自らの胸に身を寄せているフローティアの頭を、スキュラは優しく撫でていた。


「あの花嫁、確かに美人だったけど……妬けるわね」

「あら。スキュラだって負けてないわよ? わたしは、可愛い女の子は平等に愛する主義なの。……あのヒカリって子も手に入れなきゃね。あんなに可愛い子がギルみたいな異常者とくっついているなんて、ありえないわ」


 そう言ってフローティアは顔を上げ、背を伸ばしてスキュラの頬に唇をつけた。



――――



 さすがにライネスからの依頼を何日も先延ばしにするわけにいかない。問題を放置すれば、新しい犠牲者も出るかもしれないし。


 結婚の問題を片付け、リーンが家に追いかけられることもなくなった。なら、冒険者パーティーとしての仕事を再開しないとね。

 森へ入って、狼のヘテロヴィトを探す。そして可能なら倒す。

 先日のケンタウロスと同じく激しい戦闘になりそうだから、全員が気を引き締めてかかったんだけど。



「見つからなかったねー」


 毎晩のように泊まることが習慣になってしまっている教会の食堂。みんなで夕食を食べ終えた後、机に突っ伏したヒカリが疲れた様子で言った。


 ヒカリだけじゃない。みんな疲れているのは一緒だ。


 日の出と共に起きて森に入り、夏の長めの日が暮れるまで森を探し回った。いつ敵の襲撃があるかと警戒しながらの探索。気が休まる暇なんてなかった。


 ところが何も見つからなかった。シャロが地面に這いつくばって探し回った結果、つい最近までいた痕跡は見つかった。けどヘテロヴィトそのものやミーレスの姿はない。


 暗くなってきたし今日は帰ろう。誰ともなしに言い出して、教会に戻ってきた。


「まさか。わたしの世界に行ってるとか……」

「ありえますね。仲間の馬がやられたので、逃げたのかもしれません。奴らに強い同族意識があるかは微妙なところですけど」


 椅子の背もたれに体を預けて天井を見上げながら、シャロがつぶやくように言う。やっぱり一番疲れているよね。


 ライラとリーンはまだまだ元気らしく、子供たちに遊んでとせがまれている。等級の高さは、体力の多さにも繋がるのかな。


 僕たちが毎晩泊まりに来ることに、神父様は特に何も言わなくなった。

 というより、ヒカリと一緒に秘密を共有するような笑みを向け合うのが多いように思えた。


 ふたりの間に何かあったのかは知らない。けど、ひとつだけ教えてくれたこともある。


 神父様がずっと作っていた、弔いの人形のこと。ルベルノさんにも作るよう勧めていたそれを見せてもらった。こんなことをしていたとは知らなかったけど、いい趣味だと思う。


 神父様は今も、食堂の机で人形を作っていた。冒険者が使う一般的な短剣で、器用に木を彫っていく。


 作っている小さな女の子は、パブロに騙されて連れて行かれた、かつて教会で世話をしていた子らしい。

 弔わなければならない人が増えました。神父様は少し悲しげに言っていた。


 そんな神父様の様子を、ヒカリと一緒に眺めていた。シャロは相変わらず天井を見上げてヘテロヴィトの行方を考えていた。

 壁を隔てた向こう側からは、子供たちの楽しそうな声。でも、そろそろ夜も遅いし寝かしつけなきゃいけないかな。


 平和だな。こんな風に、誰からも馬鹿にされることなく、穏やかに時間を過ごせる場所を得られるなんて。幸せなことだ。

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