1-45 弔いの人形
「はい。神父様、あの。結婚式は」
「中止になりました。リーンのお父上にも話しましたよ。新郎が重大な不義理を働いているため、夫婦の介添人になることはできないと。ルベルノさんに対する侮辱と窃盗行為について、複数の人間にお話しました」
部屋の入り口に立っている神父様は淡々と、しかしガイバートにとって破滅を意味する言葉を告げた。その両脇にはシャロとライラが控えていた。
神父様には僕とガイバートの会話を聞いてもらった上で、リーンが部屋に入ってもらった時点で関係者にことの顛末を伝えに走ってもらっていた。
使いっぱしりみたいな役目を頼んで申し訳ないけれど、うまくいったようだ。
ガイバートが盗みを自白した時点で、彼の破滅はほぼ決まっていたわけだ。
「ガイバート、お前という奴は……」
神父様の後ろには、両家の両親や困惑した表情のフローティアも来ていた。
父はガイバートに馬乗りになっている無能の僕という光景にも戸惑っているようだけど、それ以上に婚礼をぶち壊したガイバートへの怒りをあらわにしている。
「おじさま。神父様のおっしゃったことは全て本当です。申し訳ございませんが、盗人の妻となる不名誉を受ける気はありません」
さっきの改まった口調に戻りながら、リーンは僕の父に頭を下げて部屋を出ていく。僕とヒカリとルベルノさんもそれに続いた。
待ちなさいと父に声をかけられたけど、リーンは立ち止まりも振り返りもしなかった。
「ありがとうございました。結婚式を中止にするなんて、無茶なお願いしてすいません」
屋敷から教会に帰る再、改めて神父様にお礼を言った。
「良いのです。お互いが望まない結婚など無意味ですから。それに、ルベルノさんも大切なものを取り戻せたのですから」
「ありがとうございます。神父様。これを失えば、妻も浮かばれないでしょう」
「奥さん、ですか?」
一緒に歩いていたルベルノさんは、穏やかな笑みを浮かべながら、女性の像を撫でる。
「妻が死んだ時、その姿の像を作って形見としてみてはと、神父様はおっしゃったのだ」
「弔いのための人形ですか」
昔を懐かしむような口調で語るルベルノさんに、ヒカリは何か思い当たる節があるらしく尋ねた。
神父様とルベルノさんは同時に頷いた。
「儂には妻がいた。それも人間のな。ドワーフの森に迷い込んだ旅人だったが、気難しい儂のどこを気に入ったのか、良くしてくれた……」
確かに、例の像は人間の姿をしていた。ドワーフと人とが結ばれるのは珍しいと聞いていたけど、実例はあったらしい。
ルベルノさんはドワーフの柄にもなく、妻と共に旅に出た。その数年間は本当に楽しかったと、彼はしみじみと語る。
けれど終わりは突然来た。ある街で、人を食う馬の怪物に妻を殺された。
「それって……もしかしてこの前倒したヘテロヴィトでは……」
「それは知らん。ここから遠く離れた街のことだし、今から十年も前の話だ」
だったら、倒したヘテロヴィトとは無関係かもしれない。とにかく妻は死に、ルベルノさんは生きる意味も行くあてもなく街から街を放浪する日々を送った。
そして、この街で神父様に出会った。
「神父様から、ご自身もしている弔いの方法を教わってな。儂は鍛冶屋だから、これくらいの物しか作れん。だが妻にそっくりに作れたと思う。それ以来、儂はこの街に定住することにした」
良い聖職者のいる街は居心地がいいからなと、ルベルノさんはそう付け足した。
それから彼は、僕たちの方に向き直った。
「像を取り返してくれたこと、感謝しておる。もし儂の力が必要とあれば、言ってほしい。できる限りの協力をしよう」
「はい。その時はお願いします」
偏屈で人嫌いのドワーフに、こうも感謝されるなんて。
少し戸惑いつつ、いい気分だった。
――――
その夜。ラトビアス家の屋敷の一室で、ガイバートはひとり酒をあおっていた。
外に飲みに出る気にはなれない。良からぬ噂が流れ、このガイバートの姿を見てひそひそと笑う不遜の者がいるだろうから。
家柄も無い、魔法も使えない下賤の者共が偉そうに。人の失敗を笑うことしか能のない愚か者どもめ。
このままでは済まさない。今回の件、きっちりと仕返ししてやる。
この俺を袖にしたマリリーンも、異常者の癖に楯突きあまつさえ顔を殴った弟も許さん。
その他、俺を馬鹿にしたあらゆる人間に制裁を加えてやる。誰が偉いのか、誰が上に立つ者なのかを教えてやらねば。
「荒れていますね、兄上」
「フローティアか……」
いつの間に来たのか。声をかけてきた妹に、ガイバートは素っ気なく返事をした。
誰にでも、庶民だろうが異常者の弟だろうが親しげに接するこの女の考え方はわからない。優しすぎる。
だが今、誰しもに非難されているガイバートに対しても、普通に接してくれているのも事実。
「心配しましたよ、兄上。さっき見かけた時はずいぶん落ち込んでいましたから」
「馬鹿を言うな。俺は落ち込んだりはしない」
「そうですよね」
彼女は追加の酒を持ってきてくれたらしい。手にしていた瓶からガイバートのグラスに、透明な液体を注ぐ。
「さすがは兄上です。まさか、今回の件を苦に自ら命を断ったりなどいたしませんよね?」
「何を言っている? 当然だ。俺を陥れた愚か者どもに制裁を加えねばならないしな」
酒の力もあり、気が大きくなっていた。さっき注がれた酒を一気に飲み干す。
「わかりました。思った通りです。ですが、それは無理ですね」
窓から差す月明かりに照らされたフローティアの笑顔は妖艶な美しさをたたえており、しかしどこか物悲しさを含んでいて。
「無理だと? それはどうい……う……」
妹の言葉の意味を問い正そうとして、異変に気づく。体が動かない。呂律が回らない。
まさか、さっきフローティアが注いだのは。
「安心してください。ただのしびれ薬で、毒性はありません。服毒自殺では毒の入手経路を調べられ、わたしにも目が向くかもしれませんから」