1-42 鍛冶屋のドワーフ
相変わらず立派な屋敷。歴史のある古い建物だけど、手入れが行き届いているからみすぼらしくない。
この街における権力を象徴するかのようだった。
その立派な屋敷の立派な門構えで、なにやら騒ぎが起こっていた。
どうやら、突然の訪問者に対して門番が敷地への侵入を拒んでいる様子。
門番もこの屋敷の使用人だけど、元は領主様に仕えていた兵士だった男だ。鍛えられた屈強な体は今も変わらず、むりやり入ろうとする訪問者を全く通さない。
その訪問者もまた、がっしりとした体格の男だった。しかし背が異様に小さいため、門番と力比べをしても勝てるかは怪しい。
こちらに背を向けてはいるけど、豊富な口髭がチラチラと見える。
「あれ、ドワーフですよね?」
「うん。ルベルノさんかな」
「誰だっけ。なんか聞き覚えあるような」
何度か話題に出た人物だけど、ヒカリが直接目にしたのは初めてだ。
人間嫌いな種族なのに、なぜかこの街に定住しているドワーフがいる。
腕のいい鍛冶屋としても有名だと再度説明すれば、ヒカリも思い出したようだ。
ルベルノさんは門番と激しい口論をしばらく繰り返した後、布製の袋を投げつけるように門番に渡した。そして肩をいからせながら離れていく。ちょうどこちらへ来る方向。
「あ、あの。こんにちはルベルノさん。屋敷に何かご用でしたか?」
関わらない方が良いかもとは理解しつつ、得られることもあると思い声をかけた。
「ふん。ラトビアス家の倅か。あの傲慢な男の弟」
僕を見て、ルベルノさんは不機嫌そうにそう言った。
さっきあったばかりの兄が、何か失礼を働いたような言い方。
「すいません。兄が何かご迷惑を?」
「人食いの馬を退治したというのは本当か? ラトビアス家の倅と数人の冒険者がやったと噂になっている。お前のことか?」
ルベルノさんは僕を責めるでもなく、質問に答えず話題を変えた。
「はい。そうです。僕たちで退治しました」
兄も同じことを聞いていたし、噂は街中に広まっているのかも。
魔法家の名門で異常者だった僕の活躍に注目が行き過ぎて、ヒカリたちの存在は噂に上っていないらしい。だからガイバートも、リーンがパーティーにいたのを知らなかった。
ルベルノさんは、そうかと深く頷いた。
「お前はあの男と違って、礼儀をわきまえているようだな」
「あ、はい。恐縮です。あの、兄と何かあったのでしょうか」
「……奴は工房に押しかけて、結婚するから嫁への贈り物を作れと言ってきた。金なら払うと、金貨でいっぱいの袋を持ってきてな」
「そうですか。贈り物」
兄も同じことを言っていた。もしかして、ルベルノさんに会った直後だったのだろうか。
「若い娘が喜びそうな宝飾品を作れだと? ドワーフの作った物なら価値があるから嫁も喜ぶだと? 舐めよって」
誇り高いドワーフの仕事を馬鹿にするような態度。
兄は、ドワーフの作品という記号でしか見ていない。職人の誇りを金で買おうとした。
「儂は武器しか作らん。そして信頼できる武器屋にしか卸さん。いくら金を積まれてもな。だがあいつは、結婚式をする明日の昼までに作れと金を置いていきおった」
「明日の昼……」
意図せず、リーンと兄が結婚する刻限を知ってしまった。意外に時間がない。
急に決まった結婚で、準備に一日しかかけないとは。それだけ両家が関係の構築を急いでいるのだろう。
ルベルノさんの話は続く。
「もちろん断ったが金を押し付けられた。しかも、奴は工房から儂の大事な物を盗んだ」
「盗んだ?」
不穏な言葉が聞こえて、僕は思わず息を潜めた。
「工房に飾っていた小さな像だ。昔作った、若い女の像。あれを見た奴は、なんだ武器以外も作れるじゃないかと言って……こういう物でもいいから作れ。若い女が喜びそうな物にしろと繰り返した」
小さな女の子に玩具の人形を渡すみたいな感覚らしい。リーンはもう立派な大人なのに。
「いいな、金は置いていくからなと言って奴は去った。そしていつの間に盗んだのか、さっきまであったはずの人形が無くなっていた」
「それはどう考えても、兄が盗んだとしか考えられませんね」
よほどきれいな人形だったのだろうか。
確かにドワーフの腕前なら、丈夫で切れ味の良い武器以外にも、宝飾品として価値が高い金属細工も作れてるだろう。もちろん、金属製の像も。
ガイバートが盗んだ像も、当然価値のある物だろう。リーンが喜ぶかは別として贈り物としては使える。
「あれは儂の宝物だ。それにあんな奴からの仕事を受ける気などさらさら無い。金は返して像を取り返そうと屋敷に行ったが……」
「門前払いされちゃいましたか。そうでしょうね」
兄の指示だろう。さっき門番に押し付けていた袋の中に、兄が置いていったという金が入っていたのだろうな。
「ギル。さっきあの男と話した時、あいつ袋を大事そうに抱えてなかった?」
「そうだね。ルベルノさん。その像ってどれくらいの大きさですか?」
彼が手で示した大きさは、確かにあの袋に入るものだった。
「ギルさん。もしもですけど、あの男がリーンさんに盗品をプレゼントしたとすれば、それを口実にリーンさんは婚約を破棄できるのではないでしょうか」
「そうだね……商人の娘として、盗みは許せないって言い張れる」
リーンの父親だって、盗人に娘を嫁がせるわけにはいかないだろう。リーンを大切に思ってはなさそうとはいえ、家名に傷がつく行為はしないはず。
その気になれば、兄を罪人として捕縛させることもできる。けどルベルノさんは、そこまでは望んでいないらしい。像を取り戻せればそれでいいと。
僕としても、リーンの結婚を阻止するのが最優先。兄が捕まっても別に構わないし、必要ならやるけど、とりあえずは目的だけを果たす方針でいこう。