1-41 上機嫌な兄
「なんでちょっと楽しそうなの? おとぎ話の捕らわれのお姫様にでもなったつもりかな?」
「ヒカリの世界にも、そんなおとぎ話あるんだ」
「あるよー。かっこいい王子様に助けてもらうお話。わたしは憧れないけど、リーンはギルに助けてほしいのかもね。さて」
リーンを見送ったヒカリは晴れ晴れとした表情を見せながら、シャロの方へ向き直る。
「森に行こっか。狼のヘテロヴィトを探そう」
「ちょっと待ってください。リーンさんはどうするんですか?」
直前の出来事なんて無かったとでも言いたげな様子のヒカリに、当然の質問が投げられる。けれどヒカリは涼しい顔だ。
「いいの。リーンの問題だし」
「そうでしょうか。でも私は、ヘテロヴィトと戦うのに、リーンさんの力はほしいです」
「うー……助けなきゃ、駄目かな?」
「仲間ですから」
シャロだって本当は、ヘテロヴィトやクラウスの捜索がしたいに違いない。けど人のいい彼女は、リーンをこのままにするのを良しとしなかった。
リーンが頼りになるのも事実だし。
「クラウスの捜索なら街の中でもできますし。リーンさんを助けましょう」
「……わかった」
渋々同意するヒカリ。方針は決まったけど、じゃあ何をするかは誰も考えてなかった。するとみんなが一斉に僕の方を見た。
なんとなくそうだとは思っていた。こういう時に決めるのは僕の仕事。
「とりあえず僕の家に行こう。ガイバートが結婚をどう思ってるのか知りたい。もしお互いに嫌だと思っているなら、取りやめにする余地はある」
「いいの? お兄さん苦手なんでしょう?」
「それは……そうだけど。姉上に会えたら、何か聞き出せるかも」
できれば兄とは顔を合わせたくない。屋敷の中に入るのも嫌だ。
この前みたいに、姉上に外で会えたらいいんだけど。
ところがそう上手くは行かないもので。ギルドから出て住宅街へ向かう途中で、会いたくない兄にばったり会ってしまった。
場所は、この前ヒカリの服を買いに行った通りの一角。そこの酒場に兄がよく通っているのは知っているけど、そんな時間ではない。
見れば兄の手には小さな布の袋が。買い物でもしていたのかな。普段は使用人を使いに行かせているくせに、なんで今日に限って自分で行きたがるんだ。
とにかく、会ってお互い顔を合わせてしまったのだから仕方ない。無視は良くない。
「おはようございます兄上。本日はお日柄も良く。では僕はこれで」
ヒカリたちを下がらせて、当たり障りのない挨拶だけして立ち去ろうとした。
「待て。聞いたぞ。お前、パブロのしていた悪事を暴いたそうだな」
「……はい」
ところが呼び止められてしまった。僕の返事を聞いて、兄はふんと笑う。
「余計なことを。おかげで俺の家は、犯罪者の商人と取引していた家になったぞ。孤児を金持ちに売るのに、何の問題があると言うのだ。身よりの無い子供が金持ちの子になれたのだから、普通は感謝すべきじゃないのか?」
「ちょっと! その言い方は」
「待って、ヒカリ。抑えて。……兄上、パブロは怪物と関わりを持って、意図的に人を殺していました。立派な犯罪です。その罪を罪と認めず庇うようでは、それこそ家名に泥を塗ることになるのでは?」
「知った風な口を聞くな!」
口答えをされるとすぐにこうだ。激高した兄に、後ろのシャロが小さく悲鳴をあげた。けれど兄は、それ以上怒ることはないようだった。
「まあいい。今日は機嫌がいいからな。今回の件のおかげで嫁を取ることになった。マリリーンという女だ。お前も知っているだろう?」
「ええ。まあ。帰ってきていたのですか」
そのリーンも、パブロを倒して兄が言う所の家名に泥を塗った一員なんだけど。どうやらそこまでは兄は知らないらしい。
冒険者の活躍など気にも留めないから、正確な情報を把握できないんだな。
「マリリーンも家を飛びだして旅に出ていたらしいが、なかなか美人になって帰ってきたそうじゃないか。ああ……俺は昔からあいつが好きだった。俺の嫁にするのにふさわしい女だ」
「そうですか。向こうも結婚に前向きなんですか?」
「知るか。いや、そうに決まっている。ラトビアス家に嫁ぐのを拒む女などいるはずがない」
リーンの意志を尊重する気はないって態度。というよりは、所々に見下すような態度が見え隠れしている。
さすがに聞き捨てならないし、後ろの三人も同じ考えだろう。けれど、今争いを起こすのは賢明ではない。
兄は、ヒカリたちに目を向けてから、再度嘲るような笑い方をした。
「後ろの女どもは、ギルバートの連れか? 冒険者パーティーという奴か。いかにも垢抜けていない下賤の者だな。……悪いが俺はもう行くぞ。マリリーンへ贈り物を買うからな。俺は気遣いの出来る男だからな」
呼び止めたのはそっちなのに。気遣いができる男とは思えないような嫌味を言ってから、兄は袋を大事そうに抱えながら行ってしまった。
「なにあいつ!? むかつくんだけど! 本当にギルの兄弟なの!? 性格違いすぎない!? ばーかばーか!」
兄が見えなくなってから、ヒカリはその方向に向かって声を上げる。周りの視線が痛いから止めた。気持ちはわかるけど。
「みんなごめん。あんな兄で」
「いいの。ギルはいい子だから。あんなお兄さんにならないでね」
「ええっと。私の旅の中でも、ああいう不遜な人は多く見かけました。家の権威の上でふんぞり反る人です。お兄さんだけが特別ではないですし、ギルさんが謝ることはないです」
「ギルは、わるくないよ?」
逆に励まされてしまった。本当に情けない。
そして今の会話でわかったことがある。
「お兄さんは、リーンさんとの婚約を喜んでいるんですね」
「そうみたいだね……どうしよう」
お互いに納得していないなら、兄を焚き付ければ破談にできる。その目論見は外れた。
「もう少し情報を集めよう。姉上なら何か知っているかも」
兄が贈り物とやらを手に入れるため買い物を続けるなら、屋敷に行っても再度鉢合わせはしないはず。というわけで、ヒカリたちと共に屋敷へ向かう。