1-4 魔法少女ルミナス
「逃げる、か。それは無理そうかなー。囲まれてるし」
「そうですね……」
僕も立ち上がって周囲を確認。
彼女の言うとおり、周囲を十匹程の狼に囲まれている。赤茶色の体毛のそれが、正式になんて名なのかは知らない。けどこの近辺の住民から、人食い狼として恐れられているのは事実。
それに囲まれている。まずい状況だ。一匹だけなら木製の剣でなんとか倒せるかもしれない。けど、この数を相手にするのは無理。並外れた技量を持つ戦士でも、この数では無理かも。
人食い狼がこの森に生息するのはよく知っているし、時々人里に迷い込んで街の住民を襲うのも知っていた。
ひとりで剣を振る練習をするために、この空間には狼が嫌う臭いを発する香草をまいている。だからこれまで狼は寄って来なかった。なぜ今日に限って香草が役に立たなかったのかは知らない。
とにかく逃げないと。こんな所で死ぬわけにはいかない。
僕は強くなるんだ。異常者の無能ではなく、強い男に。
「人食い狼って言っても、見た感じ普通の狼だね。正直魔力は心配だけど、やるしかないか」
危機的な状況にも関わらずヒカリは冷静だった。
「ねえギルバート。あなた、この狼全部に勝てるぐらい強かったりする?」
「いえ。全然」
「そう。じゃあわたしに任せて。あなたは自分の身を守ることだけ考えて」
情けないにも程がある返事だけど、ヒカリは特に気にしていない様子。それから、右手首にはめられているブレスレットに左手を当てた。
「ライトオン・ルミナス!」
彼女が高らかにそう叫んだ直後、強い光が全身から放たれ僕は思わず目を伏せた。周りを囲む狼も同じで、今にも飛びかかりそうな所を、怯んだように一歩後ずさった。
その光が消えて、僕はようやくヒカリを見れた。
そこにいたのは確かに彼女だった。けれどその姿は大きく変わっていた。
紺色のスカートに白を基調とした服だったのが、全体的にピンク色に。黒く短かった髪が鮮やかな金髪になり、しかも長くなっていた。片側で結んだ髪の房は、先端が腰ぐらいまで伸びている。
「闇を照らすまばゆい光! 魔法少女ルミナス!」
彼女はそう名乗った。ナナセヒカリとは別の、通り名みたいなものだろうか。
ルミナスを名乗った少女は、淡く光るブレスレットに手を当てて様子を見ているようだ。少しだけ不安そうな表情を見せながらも、次の瞬間には目の前にいる狼を睨みつけた。そして軽く右手を振る。
どういう仕組みかはわからないけど、その手に剣が握られていた。
僕の木剣と似た形の光り輝く剣。街を守る兵士や冒険者が持っているような、鉄の剣とは明らかに違うそれが何なのか、さっぱりわからなかった。
そんな疑問を察したらしい。ルミナスはこちらを振り返り、にかっと笑いかけながら告げた。
「すごいでしょ? この剣、光でできてるんだよね」
光の剣。僕がその意味を理解する前にルミナスは動き出す。
手近にいた狼に向かって走る。素早く軽快な動きで距離を詰め、狼の首を切る。切断まではいかなくても、喉を絶たれた狼は間もなく死ぬだろう。
次いで襲ってきた別の狼の顔面を蹴り上げながら、別方向からも来た狼の胴に剣でざっくりと切れ目を入れる。次の狼の顔面を、剣を持っていない左手で掴んで地面に叩きつける。そして剣でとどめを刺す。
この少女は強い。一瞬でそう理解した。
狼たちも本能で同じことを考えたのだろう。彼女に襲いかかるのは愚策と判断したらしい。その代わりの獲物として僕を選んだ。
死んでない狼が七匹、一気にこちらへ迫ってくる。
威嚇するように吠えながら。鋭い牙を見せつけながら。木剣を強く握り直したけど、勝てないことはわかっていた。
「させない!」
ルミナスがそう叫びながら手にした剣を投げる。狼の一体にそれが刺さって、包囲網に穴ができる。同時に剣は霧散するように消えた。
僕は木剣を振りながら、出来た穴へ向かって駆けた。狼の一体が僕を阻止すべく飛びかかり、それに運良く木剣が命中。
狼の口に直撃した木剣は鈍い音を立てて折れたけど、そうならなければ折れていたのは僕の腕だったはず。
そんな幸運に恵まれながら狼の輪からは抜けられたけど、奴らは相変わらず僕を喰らおうと飛びかかろうとする。よほど腹をすかせているのか。
そんな僕に、駆け寄ってきたルミナスが立ちふさがる。狼に向かって手のひらを広げ、なにか武器を出そうとしたらしい。
けれど出てきたのは、かすかに光る小さな球体だけ。武器には使えなさそうな形状。
「ああもう。魔力が!」
苛立たしげに言いながら、ルミエルは胸元の大きなリボンを掴み服からむしり取る。
そのリボンが形を変えて、持ち手のついた大きな輝く板となった。材質はさっきの剣と同じに見える。光で出来たその板で、襲いかかってくる狼を防いだ。
「リボンが盾に?」
「この魔法少女の服も魔力で作られてるから、その気になれば武器に変換できるの! でも魔力が無い時の緊急用。ねえ! 駄目元で聞くけど、もしかしてあなた魔力持ってたりしない!?」
ルミナスはそう尋ねながら、髪を結ぶリボンを解いて細長い針状にして回り込んでくる狼を貫く。
魔力。その言葉に体質のことが頭によぎる。出力異常者。無能。役立たず。家の恥。
それでも魔力は、あるにはあった。僕には引き出せないだけで。
人食い狼の群れに狙われているという非常事態に、魔法使いとは関係ない人間ですなんて嘘をついている場合じゃない。
「あ、あの。あります。魔力なら僕の中に!」