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1-39 商人の死

 翌朝、僕とヒカリでギルドへと向かう。


 昨夜からヒカリの様子が変というか、そわそわしている風に見えるけど、理由はわからない。訊いていいかも判断できない。



 ギルドに行くのは、昨日の馬の怪物討伐の報酬を受け取るためだ。


 シャロとライラは、パブロが勾留されている兵士の詰め所に行っている。

 取り調べに同席したいと言っていた。シャロが追っている咆哮同盟の情報を聞き出したいのだろう。


 リーンはものすごく嫌そうな顔をしながら、実家に顔を出してきますと言っていた。この街に戻って数日、まだ家に帰ってないらしい。

 勝手に冒険者になって飛び出したから気まずいそうだ。


 でも、そろそろリーンが戻ったという話しが広まってきたから、探されてむりやり連れてかれる前にこっちから乗り込むとのこと。


「お金持ちの家も、どこも大変なんだねー」

「世間体とかあるから。家の評判が落ちたら今後の仕事にも影響が出るし……」


 僕の体質が家の恥と罵られるのも、そんな世間体のため。暗い顔になったらしい僕を見て、ヒカリは手を握り励ますような声をかける。


「大丈夫。ギルはわたしが守ってあげるから。これからもずっとね!」

「う、うん。ありがとう……」





「今回の馬のヘテロヴィト討伐の報酬だが、こんなのでどうだ?」

「これは……」


 ギルドの応接室で、ライネスから相当な額の報酬を提示された。パーティーを組んだ五人で分けても、しばらくは仕事をせずに遊んで暮らせる額だ。


「いいんですか? こんなにもらって」

「おう。お前たちにしか出来なかった依頼だ。その労には報いるのがギルドの方針だ。どうせ国から出た金だし、ありがたく受け取れ」

「では遠慮なく。ありがとうございます」

「そうしろそうしろ。よくわからない怪物騒ぎが片付いたんだ。それくらいは……」

「終わってないかもしれません」

「え?」

「お?」


 隣に座るヒカリが突然そう言い出したから、僕もライネスも怪訝な顔をする。ヒカリはそんな僕たちを見回し、説明をした。


「ギルとわたしが出会った時、狼に襲われたでしょ? 普通じゃありえないのに」

「確かに狼避けの香草を撒いた場所に、森の奥でもないのに群れが来るのは珍しいけど」

「あのブドカルって嫌な奴のパーティーを壊滅させた金の馬みたいに、あの狼は狼のヘテロヴィトに追われてあそこまで来たのかもって」

「狼のヘテロヴィト……それって、ヒカリが倒そうとしている相手だよね?」


 その問いに、ヒカリはしっかり頷いた。


 これまで何度か聞いたこと。ヒカリが向こうの世界で戦っていた相手。その相手が世界を超える穴にヒカリも入ったから、僕たちは出会った。


「同じ穴から入ったなら、近い場所に落ちてもおかしくはないかなって。もちろん移動したかもしれませんし、絶対にいるとは限らないのですけど、調べる価値はあるかと」

「ああ。まったく」


 ヒカリの言葉に一理あると言わざるをえず、だから面倒の種は過ぎ去っていないと認めないといけない。ライネスは頭が痛いというような表情をしながら、こちらに向き直った。


「わかった。なら依頼を出すから、再度森の調査をしてくれ。怪物やその痕跡を探すんだ」


 さすがはギルドマスター。面倒を前にしても毅然とした態度は崩さない。



 調査ならパーティー全員で行った方がいい。シャロたちを呼びに行くことに。ところが向こうの方からギルドまで来てくれた。なぜかものすごく慌てた様子だった。


「はあ、はあ……。ぎ、ギルさん! 大変です! た、たいへん……」


 運動が苦手なシャロが全速力で走ったのだろう。息を切らして、床に這うような姿勢で何かを訴えかけている。

 その後についてきたライラは疲れてはいないようで、代わりに要件を伝えた。


「パブロが、しんだ」

「え?」

「あのしょうにん、じさつした」


 死んだ。自殺した。あの商人が。


「ライラ、シャロ、詳しく教えて」




 驚きはした。けれど、すぐに冷静になれた。何が起こったかを把握しないと。

 今の間に息を整えたシャロが説明を引き継いだ。


「あの男は昨夜の内に、檻の中で首を吊って死んだそうです。縄を使っていました」

「縄? なんで牢の中にそんな物が」

「わかりません。城の兵士も、そんな物はあるはず無いと言っていました。つまり誰かが意図的に入れたということです」


 パブロは、シャロが追っている咆哮同盟に繋がるはずの重要な手がかりだった。それが死ねばシャロにとっては辛いことのはず。

 けど彼女は意気消沈どころか、どこか興奮しているようにも見えた。


「牢の中には縄の他にも、もうひとつ奇妙な物がありました。羊皮紙の小さな一片なのですけど、そこには同盟のシンボルと、クラウスという署名が書かれていました」

「クラウス?」


 誰かの名前だと思う。けど聞き覚えがない。シャロが興奮する理由もわからない。


「そういえば説明していませんでしたよね。クラウスとは、首都で動物学を学んでいた頃の兄弟子です。今は咆哮同盟にいる男」


 ああ。この興奮は、探す相手の手がかりを見つけたことへの喜びなんだ。


「おそらくクラウスは、この街に潜伏しているのでしょう。ずっといるのか、最近来たのかはわかりませんけど。パブロと知り合いだったのは確かでしょう」

「それで口封じに殺された?」

「殺したというより、自殺を(そそのか)したのでしょう。クラウスは頭の切れる男です。この街に流れるヘテロヴィトの噂なんてすぐに把握して、パブロに警告した。捕まればどうなるかわかっているだろうな、と」


 パブロは大きな商会の会長で、大勢の商人やその家族を抱えている。


 馬の怪物の噂が広まったとして、目撃者である僕たちを殺して街から離れられれば、時と共に噂は忘れられるだろう。

 けれど失敗してパブロが捕まれば、そこから同盟の情報が漏れる危険がある。

 だから脅した。捕まった場合はすぐに死ななければ、家族や商会の商人に危害を加えるぞと。駄目押しとしてパブロが収容される前の警備が手薄な牢に忍び込み、署名と縄を置いておく。


 クラウスの目論見通り、パブロは自ら命を絶った。

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