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1-38 面影

 その日の夕方、ふたりは揃って外出したらしい。


 なぜ外出したかはよくわからない。

 姉ちゃんもいないし、男同士でうまいもの食べに行こうなんて、珍しく早く帰った父が言ったのかも。以前からそんなことは時々あった。


 男同士の関係に入れないことに歯がゆい気持ちはあるけど、弟にとって親とのそんな関係が必要なのもわかっていた。ただ、巡り合わせが悪すぎただけ。



 友達と遊びに行ったついでに夕食も食べて、家に帰る途中でスマホが鳴った。

 隣の県に住む親戚のおばさんからで、彼女は泣きながら父と弟の死を伝えた。遺体の様子も不明瞭ながら聞けた。野犬か何かに食われたのが死因だと。父は下半身が食いちぎられていて、弟も体中に痛々しい噛み傷があったと。


 複数人が、犬の群れらしい何かが現場から走り去るのを目撃したらしい。その野犬は遺体を持ち去ろうとしたらしいけど、勇敢で複数人いた目撃者に追い払われたらしい。


 そのおばさんによって、遺体は本人で間違いないと確認済みだった。


 あなただけでも生き残って良かった。悲しいでしょうけど、今は家に帰ってきなさい。気遣わしげに告げるおばさんには感謝しつつも、帰るつもりはなかった。


 このまま帰れば自分はどうなる? そのおばさんの家に引き取られる? その前に警察に事情を訊かれるかな。

 それは嫌。ふたりの仇をとらないと。今と違う環境の家庭に入れられたら、今までみたいな戦いはできない。そもそも親戚の家は隣の県で、怪物の生息域に簡単には行けない。


 先に怪物を殺すと決意した。電話を切って、その後の着信は一切取らなかった。


 狼が出た地域に行き、探す。

 最初の夜に怪物と遭遇できた。野犬ではなく狼。人間の女の上半身に複数の狼の下半身と触手の怪物。勝てそうだったのに、穴に逃げられた。


 その後の二日間、光は怪物を探し続けた。

 相手の痕跡を見つけてそれをたどる。目撃情報を探して足取りを追う。素人仕事だから時間がかかり、いつの間にか財布の中身もスマホの充電も空になっていた。ブレスレットの魔力も限界が見えてきた。


 けれど見つけた。奴が拠点としている廃工場。ここで決めると意気込んで、敵が待ち構えているのを知りつつ乗り込んだ。



――――



「また奴は穴の中に逃げ込もうとして、わたしも追いかけて落ちちゃいました。そしてこの世界に飛ばされて、ギルと出会って。そこから先は神父様もご存知の通りです」

「なるほど。ヒカリさんの事情はよくわかりました。ヒカリさんの懺悔とは、父と弟を殺してしまったことですね?」

「はい。自分の怠けのせいで」

「その心の弱さは誰にでもあるものです。特別、ヒカリさんが悪いわけではありません」

「それは理解しています。でも、どうしても悔やんでしまって」

「当然です。後悔は必ずあります。それを受け入れた上で、ヒカリさんはしっかり生きてください。それが、おふたりへの弔いとなるでしょう」


 ヒカリさんの世界の死者の弔い方は存じませんので、そんなことしか言えませんが。ラティスはそう付け加えた。でも、それで弔いになるのは間違いないはず。


「それから、ひとつ理解できました。ヒカリさんが毎日教会に来ようとするのは、子供たちを放っておけないからですよね?」

「はい。わたし自身も孤児になったようなものですから」

「親近感を持ったと。パブロや馬の怪物を許せなかったのも、同じ理由ですね?」

「はい。……これも罪でしょうか」

「まさか。人を想う気持ちは間違いではありません」

「では、わたしがギルを想う気持ちも正しいのでしょうか」

「ギルを、ですか?」



 なぜギルの話題になるのか、ラティスは少し戸惑っている様子。けど、ヒカリが真剣な表情をしていたため、彼も姿勢を正した。


「わかりました。これもあなたの懺悔ですね。聴きましょう」

「ありがとうございます。……似てるんです。弟に」

「ヒカリさんの世界の、亡くなった弟さんですか?」

「はい。そっくりなわけじゃないんです。でも時々見せる表情が……ドキッとするほど、あいつに似る時があるんです」


 人を気遣う顔が。ほっとした時の笑顔が。覚悟を決めた凛々しい顔が。

 自分の不幸を自覚しながら、絶望したままで終わらない意志が。


 この世界で目覚めた時、こちらを見ていたギルが一瞬だけ弟に見えた。だから変な反応をしてしまったし、最初に名前を尋ねてしまった。


「ギルと一緒に狼に襲われた時、今度こそ守ろうと必死に戦いました。ギルが冷遇されているなら、わたしの力で差別の目をはねのけてやる。そう考えたから一緒にいました。馬鹿ですよね」


 ギルを弟と同一視して、勝手に守ろうと決意した。七歳のあの日と同じように。ギルはしっかりした子だから、ヒカリがいなくても冒険者としてやっていけたかもしれないのに。


「勝手に、ギルの姉みたいな立場になろうとしてました。ギルには実の姉も、リーンみたいな年上の幼馴染もいるのに。そもそも弟みたいと思う時点で、ギルにとっては失礼ですよね」

「そうかもしれませんね。では、ヒカリさんはどうしたいのですか?」

「わたしですか? それは……もちろん、これからもギルと一緒にいて、力になりたい」


 その想いは変わらない。弟の面影を見るかどうかは別として、ギルと一緒にいる以外の自分は想像できなかった。


「それなら今のままの関係を続けて良いと、私は思いますよ。もちろん弟さんとギルを重ねる気持ちを隠すのが難しいなら、そのことをギルに話してもいいかもしれません。その上で、これからも一緒にいたいとお願いすればいいのです」

「ギルは受け入れてくれるでしょうか」

「それはわかりません。ヒカリさんとギルの信頼度によります」


 それもそうだ。そして、お互いに信頼しているのは間違いないと思う。

 ただ、受け入れてくれるかについては、やはり自信がなかった。


 それでも人に話せば少しは気が楽になるものだ。彼と話せて良かった。

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[一言] ああ、罪悪感で戦う魔法少女良い ヒカリちゃん、今度こそ頑張れ!
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