1-37 初めての変身
先輩は痛みに耐えながら、にっこりと笑った。
それから魔法少女についての説明をした。
ブレスレットに魔力が込められていて、それによって変身したり武器を作ることができる。武器は魔力を光に変換して、頭に思い浮かべた通りの形に作ることができる。
魔力は、学校の近くにある神社の境内にブレスレットを置けば補充ができること。どうやら魔力が流れるパワースポット的なものらしい。
これらを急ぎ気味に説明して、先輩はブレスレットを外して光に渡した。それから最後に、変身の言葉を伝えた。
遊具から顔を覗かせると、血痕を辿った人面犬が公園内に入っていた。猶予はない。
意を決してブレスレットをはめ、叫んだ。
「ライトオン・ルミナス!」
全身が心地よい光に包まれる感覚。気分が高揚して力がみなぎり、どんな敵にも勝てるって気分になった。
「闇を照らすまばゆい光! 魔法少女ルミナス!」
口が自分の意志に反してそう名乗りを上げた。いずれにせよ変身してしまったらしい。だったら仕方ない、戦おう。
さっき先輩がやっていたのを真似て剣を作った。それで迫りくる異形の犬を斬る。思っていたより簡単に、犬の体は真っ二つになった。
体力も反射神経も耐久力も、いつもより上がっている気がする。勝てる。そう考え、次の犬も切り裂いて人面犬のところまで走った。
先輩と戦った後だから、疲労なりダメージなりがあったのかもしれない。夢中になって戦っていたら、気がつけば人面犬の死体が公園の砂場に転がっていた。
勝った。初めての戦いなのに。喜び、それから先輩に伝えないとと、遊具へと走った。
けど彼女は、遊具に体をもたれかけさせ、既に息絶えていた。制服の脇腹の箇所に血がべっとりとついている。
変身していたから、致命傷のような傷でも逃げることができた。けれどそれを解けば、負った傷が生身の体に直接作用する。
先輩だってそれはわかっていた。けど傷ついた自分では怪物には勝てない。そうなれば光の命も危ない。
ふたりとも死ぬよりは片方を助ける。高潔な魔法少女はそう選択した。
ルミナスは、しばらくその場で呆然と立ちすくんでいたが、ふと我に返った。この姿を誰かに見られるわけにはいかない。
学校の先輩と、人面犬と、まともじゃない犬の大量の死体。間違いなく警察沙汰になるし、自分がそれに関わっていると知られたら面倒なことになる。
日が暮れた後とはいえ、この公園のそばを通る者もいるだろう。
だから、逃げた。尊敬する先輩の遺体を放置して。家族が待つ家に逃げた。
翌日、案の定公園の大量の犬の死体発見は大ニュースとなり、世間を騒がせた。光の学校は特に、皆に敬愛されている生徒会長が死んだわけで、誰もが悲しみに暮れていた。
何があったのか様々な憶測が流れたけれど、光が関わっていると気づいた者は皆無。
悲しみは癒えないにしても、だんだん薄れていくもの。一ヶ月も経てば、学校も世間も徐々に平穏を取り戻していった。奇妙な犬についても世間の関心は離れていくばかり。
唯一、光だけはそうはいかなかった。真実を知ってしまったから。人食いの怪物が再び現れ、罪のない誰かを殺す。
それを許容できるほど、光は邪悪でも鈍感でもなかった。
ニュースやSNSに常に目を光らせて、怪しげな行方不明事件や奇妙な動物の目撃情報を探す。先輩は人面犬と当たり前のように戦っていたし、あれが唯一の例じゃないのは容易に想像できた。
案の定、光が変身してから一月ほど後に、若い男のグループが集団で失踪した事件が都内で起こった。
現地に行って調べてみると、猪と人間が混ざったような怪物と遭遇したため、変身して殺した。
それから、月に二、三回ほどの頻度で怪物はどこかに現れた。
幸か不幸か、怪物が出現するのは必ず都内で、同じ東京在住の光ならば対処できる範囲にいた。
変身すれば、ビルの屋根から屋根へ飛び移るみたいな漫画みたいな芸当も不可能じゃないし、夜中にこっそり家を抜け出し、怪物がいるらしい場所へ向かって、見つけて戦う。その繰り返しが始まった。
誰かの命を守り、悲しむ誰かを出さないために戦う。その目的は我ながら素晴らしいと思っていた。
けど、孤独な戦いにいつしか疲れを感じていたのも事実。
さらに、戦っても確実に怪物を殺せるとは限らないということも、徒労感に拍車をかけた。
追い詰めたと思ったら、奴らはいきなり地面や壁に穴を作って逃げ込んでしまう。向こうに何があるかわからないから、追跡も不可能。
同じ怪物に何度か挑んで、ようやく殺せるというのが続いた。
最初の人面犬との戦いは、たまたまうまく行っただけと思い知らされた。
魔法少女になってから一年ほどが経ったある日。人生に疲れたらしい中年男性が失踪した事件と、奇妙な狼の目撃情報というそれぞれ小さなニュースを見かけた。
ふたつは同じ場所で発生していて、人食いの怪物がそこにいるのは確実だった。ならばすぐに討伐に行くべき。けれど光は、倒すのは明日でもいいかと先延ばしにした。
その日、クラスの友達から遊びに行かないかと誘われたというのもあった。怪物がいるのは、学校から少し離れた場所で、面倒だと思ってしまったのも間違いないこと。
住んでいる場所から離れているなら、知り合いが巻き込まれることもないはず。本当は考えてはならないことを、その日は考えてしまった。
その日、父と弟は狼の怪物に食われて死んだ。