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1-36 人面犬

 その日は弟が夕食を作ってくれる日。ありがたいことにリクエストを聞いてきたから、楽しみだった。


 初夏の、少し遅い時間の夕暮れ時。学校の用事で少し帰るのが遅くなった光の下校ルートに、人影はほとんどない。もう少し早い時間なら、家の近くの公園で子供たちが遊んでいたかも。


 そんな人気(ひとけ)のない道を歩いていると、どこかから犬の鳴き声が聞えた。

 それも、複数の犬が何かを威嚇して襲いかかろうとしているような、獰猛な声。


 関わらない方がいいとわかっていた。けど気になった。そこの曲がり角の向こうから聞こえてきたし、少し覗いてみるくらいなら。そう考えて見てみた。



 女の子が複数の犬に襲われていた。助けなきゃと飛び出そうとして、違和感に気づいた。


 彼女はピンク色のヒラヒラな服を着ていた。眩しいくらいに金色の髪はとても長い。まるで小さい頃に夢中になって見ていた、アニメの変身ヒロインみたいだった。

 それと対峙する犬は、一見すると普通の犬だった。けど夕焼けに照らされたその顔を見て、光は小さく悲鳴をあげた。

 犬の一匹の目の大きさが左右で大きく異なっている。他の犬も鼻が大きく曲がっていたり、口が額に空いていたり。普通ではなかった。


 そんな犬の怪物に指示を出しているのが、さらに奇妙な生き物。体は犬で、顔だけが人間の男。人面犬と言うべきだろうか。


 その人面犬や犬の怪物を相手に、奇妙な格好の少女は戦っていた。材質はわからないけど、光る剣のようなものを持って犬を斬り伏せて殺していった。

 人面犬の方も、次々と奇妙な犬を繰り出して少女を襲い続けていた。


 突然気づいた。戦っている少女は知っている顔。制服姿しか知らない生徒会長。髪型も色も普段とは全然違うけど、顔は同じだった。校内みんなの憧れだ。すぐにわかった。

 わからないのは、なぜ先輩がこんなところでこんな格好をしているのか。あの犬は何なのか。なぜ戦っているのか。聞こうにも教えてくれる者はおらず、光はただ戦いの推移を見守ることしかできなかった。


 先輩は果敢に戦っていたけれど、犬の物量に押され苦戦しているように見えた。異形の犬は人面犬の近くからいくらでも湧いてくるように見えた。

 やがて先輩は体のバランスを崩してアスファルトの地面に転倒した。その上に、やたらと耳が大きな犬が飛び乗り噛み付いた。


「先輩!」


 関わるべきじゃない。先輩の戦いに自分は何の役にも立てそうにないし、知らんふりして逃げるべき。けど、そう叫んでしまった。


 人面犬と異形の犬が一斉にこちらを向く。人面犬が光の姿を見てニヤリと笑った。

 人に対する悪意を隠そうともしない、邪悪な笑顔。逃げてと先輩が叫んだけど、恐怖で足がすくんで動かなかった。


 異形の犬がこちらに襲いかかって来た。それでも逃げられなかった光に、先輩が体を噛まれながらも手のひらを向けた。正確には光にではなく、飛びかかろうとする犬に。

 先輩の手から光る矢が飛び、異形の犬を貫いた。


 目の前で血を流しながら絶命した犬に、光は再度小さな悲鳴をあげる。先輩はといえば群がってくる犬を強引に振り払い、なんとか立ち上がっていた。


「逃げるわよ、七瀬さん」

「へ?」

「早く!」


 なんで名前を知っているのだろう。全校生徒の顔と名前が一致するって噂もあったけど、本当だったんだ。


 現実感の無い光景から逃避したいがために呑気なことを考えていた光は、先輩から手を引かれて強引に走らされることで否応なしに現実へ戻される。

先輩は振り向きざまに剣を投げ、追いすがる異形の犬を一匹殺した。けれど、なおも複数の犬が迫ってきた。


「先輩! 怪我してますよ! 病院に!」


 それから気づいた。先輩は体中傷だらけだ。特に脇腹が重症らしく、血がぽたぽたと流れていた。なんでこの状態で走れるのか疑問だけど、大怪我なのは間違いない。


「いいえ。それよりも、あの怪物を倒すのが先」

「それは……そうですね! じゃあ警察を。一緒に救急車も」

「無駄よ。人間に勝てる相手じゃない。私みたいな魔法少女じゃないと」

「魔法少女? 先輩が……?」


 アニメの中でしか聞いたことない言葉。それを先輩は、この状況で大真面目に口にした。


「そう。人食いの怪物を人知れず退治する正義の味方。それが私」

「人食いの怪物って……あの人面犬みたいな?」

「そう。あいつらは人間を見れば手下をけしかけて殺す。そしてその肉を食べて生きている」


 光を見たときの人面犬の顔を思い出す。あの笑みは、ごちそうを見つけた喜びだったんだろうか。そしてすぐに異形の犬を襲わせた。光を殺すために。


 迫る犬に光の矢を浴びせて一掃してから、ふたりは近くにある公園の遊具の影に隠れた。とはいえ先輩から流れる血の跡で、奴らはすぐにここにたどり着くだろう。


「七瀬さん、聞いて。私はもう戦えない。だから七瀬さんに魔法少女になってほしいの」

「ええっ!? ちょ、ちょっと待ってください先輩! 急にそんなこと言われても」

「あの犬は殺されない限り人を食らう。確実に死人が出る。誰かの大切な人が、死ぬの」

「誰かの……」


 母の亡骸を前に大泣きする弟の姿を思い出した。母の死は怪物とは関係ない。けど、死は同じだ。誰かが死ねば誰かが泣く。それを許せるはずがなかった。


「わかりました。やります。でも今だけです。 あいつを倒したら、先輩を病院に連れて行きます。怪我が治ったら、先輩が魔法少女続けてください」

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