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1-34 姉の訪問

 それから、教会にひとりの訪問者がやってきた。フローティアだった。


 ヒカリや教会の子供たちに親しげに挨拶をする彼女を、子供たちも歓迎していた。お金持ちで優しいお姉さん。そんな認識なんだろう。


 でも、どうしてこんな時間に来たのかな。とりあえずお茶を出しつつ、食堂で並んで座る。周りでは、食事を終えた子供たちが思い思いに、寝るまでの時間を過ごしていた。


「ギル。聞いたわよ。パブロさんが実は悪人で、ギルたちがそれを暴いたんですってね。すごいじゃない。パブロの仲間の怪物と戦ったって噂もあるし。……昼間会った後に、そんなことをしていたなんてね」

「すいません。心配されると思って言えませんでした」


 姉の口調は咎めるような物じゃなかったけど、なんとなく罪悪感を覚えてしまった。


「ううん。いいの。すごいって思ったけどね。ただパブロさんって、うちとも取引してたじゃない。だから今、屋敷がごたついていて」

「ああ……家の名誉が傷ついたって?」

「そう。お父さんもお母さんも、もちろん兄上も荒れていて。屋敷に居辛いから逃げてきたの」

「もう噂が広まってるんですね。噂というか、真実なんですけど」


 父上たちは商人を信用していて使っていたのだから、その商人が悪人とわかればいい気はしない。名門という名誉と共に生きている彼らは、必要以上に怒るだろうな。


 騙された側なのだから、そう気にすることは無いと思うけど。名門には名門の考え方があるらしい。


「特に兄上の怒りがひどいわ。あの男は俺を馬鹿にしていたのか! って」

「それは近寄りたくないですね」

「まあ、もうしばらくすれば機嫌直しに、夜の街に繰り出すでしょうけど。それまではここに避難させてほしいの。本当は早く帰りたいんだけどね」

「ええ。いいですよ。夜道は危険ですし、帰りは送っていきましょうか?」


 街の中に怪物はいないけど、なにか犯罪に巻き込まれるかも。気を利かせたつもりでそう提案してみた。


「ありがとう。でもいいわ。ひとりで帰れる」


 けど、予想より素っ気なく断られてしまった。

 それからフローティアは話題を変えるかのように、仲良く遊んでいる子供たちに目を向けた。


「平和ね。こういうのって、なんかいいわね」

「そうですね」


 笑顔で言ったフローティアに同意しつつ、僕もそちらを見た。

 小さな子供の中にすぐに溶け込めているライラは楽しそうだし、リーンは楽しいお姉さんとしての立場を得ていた。押しの強い子供たちに囲まれて、シャロは戸惑いっぱなしだった。


 この光景は、確かに平和そのものだ。


「パブロがひどい人間なのは変わらないわ。変態趣味の悪いお金持ちに、小さな女の子を売りつけていたんでしょう?」

「女の子だけとは限らないですよ。男の子も、里子として出されてましたし」


 女の子より男の子の方が好きっていう趣味の金持ちだっているだろうし。


「そうなの。まあ、それはいいけど。悪事に変わりはないわ」

「そうですね」


 温厚な姉が、許せないと口にするのは珍しい気がした。確かに、そう言われるにふさわしい悪行だった。


「ねえ。そういえばヒカリちゃんは? 姿が見えないけど」

「ほんとだ。どこ行ったんでしょうね」



――――



「失礼します。神父様、いますか?」

「おや。ヒカリさん。どうしました?」

「いえ。特に用があるわけじゃないんですけど。ギルのお姉さんが来てるので。ギルとのふたりの時間邪魔しちゃ悪いので、退散してきました」


 遠慮がちに、ヒカリは神父ことラティスの執務室に入る。彼は驚いた様子を見せながらも、招き入れてくれた。


「良いでのでは? フローティアも、きっとヒカリさんとおしゃべりしたいと思っていますよ」

「わたしもそんな気はしてます。でも……なんと言いますか。フローティアさんといると、なんか居心地悪いというか。……こっちが苦手意識持ってるだけです、はい」


 一方的に遠ざかっているだけ。我ながら身勝手な感情に、ヒカリは自己嫌悪に陥っていた。そんなヒカリを安心させるように、ラティスは笑みを浮かべて語りかける。


「人と人の相性というのはあります。気に病むことはありませんよ。ですが、フローティアは良い人です。小さい頃から彼女を知っていますから、間違いありません」

「小さい頃から、ですか」

「ええ。同い年のリーンと一緒に、よく外で遊んでいるのを見かけました。教会の子供たちとも仲良くしていましたし。お金持ちのご令嬢にしては珍しく、庶民に対して分け隔てなく接することができる人です」

「そうですか……そうですよね。あの人、いい人ですよね」

「ええ。私の人を見る目は確かです。ああいえ。パブロに関しても、私は長年信頼していたわけですから、自意識が過剰に過ぎる言葉でしたね」

「い、いえ。神父様、自分を責めないで下さい。善意でやってらしたことですから」


 自嘲気味というよりは、本気で堪えているらしい言い方をしたラティスを、ヒカリが慌ててなだめる。そして話題を変えようと、部屋を見回した。


 ふと、棚のひとつに目が向いた。そこにたくさんの木彫りの人形が置かれている。


「気になりますか? 近くで見てもいいですよ」

「あ、はい。では失礼します」


 木を削って、塗料で彩色した小さな人形のコレクション。


 モチーフは様々。冒険者風の男女の人形が目立つ場所に置いてある。それから、町娘とか老人の人形もあった。他には狼や熊といった動物。ゲームの中で見るようなモンスターもいた。

 種類はいろいろあるけれど、色の塗り方なんかは同じだから、きっと同じ作者の作品かなと、ヒカリはなんとなく考えた。


「我ながらよく出来ているでしょう?」

「はい。我ながらってことは、もしかして神父様が?」

「ええ。冒険者をやめて聖職に就いてから、これまで少しずつ作ってきました。今もほら」


 ラティスは自身が向かっていた机の上を見せた。確かに木の塊がある。彼は何の変哲もないナイフを使って、器用に木を彫り形を作っていく。作っているのは小さな女の子の人形かな。


「うまいですね」

「ありがとうございます。誰に習ったわけではないですけど、続けていると自然と上達しました」

「でも、どうして人形作りを? 趣味ですか?」


 ヒカリの質問に、ラティスはなんでもないように笑顔で答えた。


「彼らは私の人生の中で救えなかった者。あるいはこの手で殺してきた、死者たちです」

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