1-31 馬の怪物
前方からは相変わらず、馬が走ってくる。
まともにぶつかっても勝てる相手ではないとわかっているから、ルミナスはなおも遠距離攻撃で、接触する前に倒す。
光の矢を文字通り矢継ぎ早に放って、目につく馬を端から射抜いていく。
そして見つけた。猛然と突っ込んでくる馬の群れの向こうに、昨夜も見た馬と人が融合した姿の怪物がいた。
奴は腕組みをしながら、迫るルミナスたちを見つめている。
「覚悟しなさい、ケンタウロス!」
彼女の世界の伝説の生き物に、あのヘテロヴィトの姿は酷似しているらしい。ルミナスはそう叫びながら、ヘテロヴィトへと猛然と突っ込んでいく。
殺意を隠そうともせず自身に迫ってくる奇妙な格好の少女に、ヘテロヴィトは表情ひとつ変えない。
自身で動く代わりに、新しいミーレスを作りけしかける。
ヘテロヴィトの左右の空間に、前触れなくミーレスは現れた。まるで無から誕生するように唐突に。いや、よく見れば黒く丸い何かが一瞬現れ、そこから出てきたように見える。
あれは空間に開いた穴? それとも、闇だろうか。
「今更どれだけ雑魚が来ても! 相手にはならない! あんたが直接来なさい!」
自分に向けて駆ける二体のミーレスに、ルミナスは吠えながら剣を振る。片方の首をばっさりと斬る。
もう片方も、リーンが同じように斬り裂いた。
もう数歩でヘテロヴィトと接触するという段階で、また新たなミーレス。今度は現れたその場からは動かず、代わりにルミナスに触手を伸ばした。
ルミナスは触手の先端を掴んで逆に引っ張りながら、そのミーレスに向かって大型の光球を飛ばす。さっきと同じように、馬の首が消えて音を立てながら倒れる。
その屍を飛び越え、ついにルミナスはヘテロヴィトに肉薄。
「死ね、怪物!」
「そう簡単に殺されるわけにはいかないな」
冷静なヘテロヴィトは、ルミナスの剣での一撃を後退しつつ避ける。追撃とばかりに放った数本の光の矢は、ヘテロヴィトが新たに呼び出したミーレスが盾となり代わりに受けた。
味方を平気で身代わりにする、あの怪物の精神に少し恐れを抱いた。けど一方で、あいつは人間ではなく、狩るべき獲物だという認識も持てた。
ルミナスが討ち漏らしたミーレスに止めをさしながら敵を睨む。
さっき補充したばかりだから必要ないかもしれないけど、ルミナスは大量の光を矢に変えてヘテロヴィトを襲っている。近くにいてあげたい。
と、ヘテロヴィトの向こうの木の陰に人の姿が見えた。あいつは、昨夜パブロと一緒にいた護衛だ。
「ルミナス下がって! 弓で狙われてる」
「へ? うぉっと!? あ、ありがとう!」
警告したのと、護衛の男が矢を放ったのは同時だった。咄嗟に跳び退いたルミナスの眼前を矢が通過する。
あの男が護衛のまとめ役なんだろう。そして、まだ無力化されてない最後の男。
「リーン!」
「わかってる! あなたの相手はあたしよ!」
二本目の矢が放たれる前に、リーンは男の前に躍り出る。そして剣を一閃。弓の弦が切れ、しなっていた木が弾かれたように真っ直ぐに戻り、男は驚いて手を離した。
なおも斬りかるリーンに対して、男は剣を抜いてこれを受ける暇も無い。一歩下がって避けようとして。
「あなた、森での戦いに慣れてないわね」
彼は木の根に躓いて、体勢を崩した。そんな男の腹を思いっきり蹴り、完全に転倒させた。
仰向けに倒れ、後頭部をしたたかに地面に打った男の首に、リーンは剣を突きつける。
「ふふん。これが四等級の実力よ! 転んだのは、あなたのドジだけどね!」
リーンはこれ以上の抵抗ができないよう、縄で男を縛り上げた。
それを横目に、僕はルミナスとヘテロヴィトの戦いの場に駆けつけた。
「この!」
「ふん」
ルミナスの斬撃は、ケンタウロスと呼ばれているヘテロヴィトの前足に弾かれる。馬の蹄の硬度であればそれくらい可能だ。けど普通の馬はそんなことしない。人の知能を持つからこその技。
ルミナスは諦めず、再度の斬撃。今度は左手にも剣を作り、二本でタイミングをずらして攻撃をする。
二本とも蹄で受けるのは不可能と判断したヘテロヴィトは、四本足を器用に動かし後退。同時に馬を一体ルミナスの前に作り出した。
二本の剣は馬の体にざっくりと切り込み、止まった。
「ああもう!」
「ルミナス! 横から!」
「っ!」
いつの間に作ったのだろう。ミーレスがもう一体ルミナスの側面から迫り触手を伸ばす。咄嗟に庇うようにふたりの間に立ち、迫る触手に剣で切りつけた。
手応えあり。触手が切断され、痛みを感じたのかミーレスは一瞬怯んだ。けれどすぐに、主を守るために再度の攻撃を仕掛けるだろう。
そうはさせない。ルミナスがヘテロヴィトに専念できるよう、僕がこの相手をしないと。
剣を構え、馬に向かって走る。狙うは首。真っ直ぐに刺せば死ぬ。しかし馬もまた、剣が届く直前に両方の前足を上げて、僕を蹴り飛ばそうとしてきた。
「させません!」
シャロが助走をつけながら、馬の側面に体当たりをかける。
少女の体当たりでは、体重差のある馬にダメージを与えるなんて普通はできない。けど前足を上げている状態なら事情が違う。
バランスを崩し倒れかけた馬は咄嗟に前足をつき、それゆえ僕を蹴ることはできなかった。
少し軌道を修正した剣の切っ先が馬の首に刺さる。断末魔の叫びと共にひと暴れしたため、咄嗟に離れたけれど、馬はすぐに力尽きて倒れた。