1-27 商人を陥れる方法
とりあえずの最優先事項は、パブロが見つけてきた新しい里親とやらへ女の子の引き渡しを拒否すること。それから、可能なら僕たちの計画に協力を要請した。
神父様は信頼できるし地位のある仕事をしている。それに元冒険者。協力が是非欲しい。
自分が知らずに奴隷売買の片棒を担いでいたことに、神父様はかなり驚き、心を痛めた様子。けどこの人は強い。辛い事実を前に、ただ落ち込むだけでは終わらない。
「わかりました。もしその話が本当なら許せません。ギルやリーンが嘘をつくとも思えませんし、その話を信じます。私は何をすればいいのですか?」
「ありがとうございます。では……」
この街で育ったリーンも、神父様の知り合いだ。いてくれて良かった。
考えた作戦を伝え、その日は明日に備えて休むことにした。
翌朝、ちょうど日の出の時間あたりに起きて、比較的ゆっくりと支度をする。冒険者として普通に依頼を受けるとしたらお寝坊さんだけど、今日は特別。
ここからは一旦二手に分かれて別行動。リーンと神父様はギルドに行く。
そして残る僕たち四人は、しばらく教会でお留守番だ。
この四人は、パブロがひとつのパーティーだと思っている集団。リーンが仲間にいることは向こうも知らないはずだし、隠しておきたかった。そしてパブロは、こちらの動向を知りたがっていた。だから教えてやって誘うつもり。
動向を知るためには接触するか、少なくとも僕の姿を見ないといけない。
あの人は最初に、僕たちが普通の冒険者と同じく街の宿屋に泊まっていると考えるはず。探していないとわかったら、次に教会を訪れるはずだ。それを待てばいい。
子供たちと一緒に教会の掃除をしていると、馬車が近づく音が聞こえた。みんなと顔を見合わせ頷き合い、四人揃って外に出ていく。
パブロ自身が子供たちに何かするとは思えないけれど、しばらく街を去る前にまとめて誘拐しようなんて考えを起こす危険も無くはない。子供たちは一応奥に避難させた。
「おはようございますパブロさん。神父様は所用であいにく不在なので、僕たちで留守番してます。戻るのを、待ちますか? それか伝言があれば伝えますけれど」
「おはようございます、ギルバート様。神父様ではなく、用があるのはギルバート様の方です。この後お屋敷にも伺う予定でしたが、ここで会えて良かった」
「僕に、ですか?」
「ええ。それに頼もしいパーティーの仲間の皆様にも。昨日は私の護衛が粗相をして、大変失礼しました」
下馬して頭を下げるパブロ。昨日怪物と会っていた時の口調とは打って変わって、善良な商人という皮を完璧に被っていた。
「気にしないでください。当然のことをしたまでです」
「いえいえ。当たり前にできることではありませんとも。ところで、本日は神父様が帰ってくるまでは、ギルバート様たちでずっと留守番を?」
予想通り、今日の行動を尋ねてきた。謝罪は建前で、こっちが本題。
「はい。昼頃に神父様が帰ってくるまでは。昼からはギルドの依頼で森へ入ります」
「森に?」
「ええ。馬の怪物が潜んでいるという噂があちこちで流れているので。ギルドも調査の必要があると考えているようです。なので、この四人で森へ入ります」
「そうですか。気をつけてくださいね」
見た感じ、パブロに動揺しているとか顔色が変わったとかの変化は見られない。けれど強調したことは伝わったはず。
僕の今日の予定。それから、ヘテロヴィトに関する噂は護衛たちの努力も虚しく広がり続け、ギルドの調査によって明らかにされる瞬間が近いということ。
パブロは、ほとんど猶予が無いと思っただろう。少なくとも、僕たちを排除しなければならないと決心したのは確実なはず。
「調査は昼から行うのですね?」
「ええ。その予定です」
「ね、ねーギル! わたし、着替えがほしいなー、なんて。あはは」
横からヒカリが話しかけてきた。それは当初の予定通り。ヒカリが、めちゃくちゃ棒読みなのだけが想定と違ったけど。お芝居が下手だなあ。
幸いにして、それどころではないらしい。パブロは全く気づいてない様子。
「な、なんかさ。ずっとこの服じゃん?」
「そうですね。神父様が戻ってきたら、まずは服屋に行きませんか?」
「おかいもの、するの?」
「でもそれだと、森に行くのが遅くなるよ?」
「大丈夫ですよ。今日のうちに調査ができればそれでいいので。それに、服を買うだけなので時間はかからないでしょうし」
「そ、そうねー。わたしも、着替えが欲しいだけだからねー」
「わかった。じゃあ、短く済ませてね」
そんな会話をしつつ、パブロの方を伺う。少し帰りたそうにしていた彼は、では私はこれでと言って馬に乗り去ってしまった。待ち伏せの算段をつけているのだろう。
昼まで時間がないと思わせた後、他の用事を提示して猶予があると安心させる。早く街から逃げたいだろうし、パブロは今日のうちに決着をつけようとするはず。
僕たちを襲うのは、馬のヘテロヴィトとパブロの護衛が十人。パブロ自身は戦力にはならないし、逃げる前の最後の稼ぎとして街で商売をしている可能性が高い。
いずれにせよ相手の方が数では上だ。こっちも増援を用意する気ではいるけれど、対策は立てないといけない。
「そこで、宮本武蔵がやった作戦だねー。史実じゃないらしいけど」
ヒカリが、彼女の世界の歴史の偉人の名前を口にした。
伝説の中で、ムサシなる剣士は強敵との決闘の際、わざと遅刻したらしい。そうやって相手を苛立たせ、実力を出させなかった。
それと同じことをする。昼過ぎとは言ったけど、正確にいつとは言ってない。散々待たせてしまえ。
待ち伏せする以上、向こうは緊張した状態をずっと維持しないといけない。精神は疲弊するし士気も下がる。苛立ちから不用意な行動をすることもあるかも。
「というわけで、買い物に行きましょう! それも時間をかけて!」
「いやいや。本当に買い物する必要はないから」
「でも、わたしに着替えが必要なのも事実でしょう?」
「そうだけど……」
ヒカリはこの世界に来てから、ずっとセーラー服なる物を着ている。この世界では目立つから、別の服を着るべきとは、確かに前から思っていたけどさ。