1-26 人身売買
そんなやり取りの間も、向こうの会話は続いていた。
「いいか、お前の存在は確実に知られる。私の護衛が騒ぎを起こした結果だが、私まで疑われるだろう。私の罪が明らかになれば、商会で働く多くの商人やその家族に影響が出る」
「俺の知ったことではないな」
「私には重大事項なのだ! ……しばらく身を隠さねばならない。この街にしばらく来ない方がいいな。お前も街から離れた方がいい。だがその前に……」
こちらに背を向けているため、パブロの表情はわからない。けれど口調は、さっきまでの焦りや緊迫感の混ざった物から、喜びや高揚感を帯びたものに変わっていた。
「あの冒険者どもの中にエルフのガキがいた。あいつを捕まえたい」
ライラの肩がぴくりと震えた。けれどそれ以上の反応はせず、パブロたちを見つめ続ける。
「エルフは高く売れる。特にガキはな。どうせ逃げるなら最後に大儲けしたい。同盟への寄付も増額してやるから、お前にとっても利益はあるはずだ」
今度はシャロが反応した。あれがヘテロヴィトである以上、関わりがあるのは当然か。
「同盟など俺にはどうでもいい。だが人を襲う種類の頼みだろ? それなら協力してやる」
「おお、そうか。いいか。私はあのパーティーの動向を探る。森に入ったら、殺せ。私の護衛にも手伝わせれば、殺すのは容易だ。エルフのガキだけは生かしておけよ」
パブロの指示は、ヘテロヴィトと連れてきた自分の部下に向けたもの。これが彼の、この接触の本題だったらしい。こちらの動きがわからない以上、綿密な計画は立てられなさそうだ。待ち伏せして殺すだけ。
そして計画を知った以上、僕たちは対策ができる。
それから少しだけ会話してから、パブロと護衛は街へ戻るべく踵を返した。こちらもすぐに身を隠し、追いかけるように森を抜ける。泊まっている宿に帰るだけのようだから、これ以上得られることはさそうだけど。
再び門を通り街の中へ。真っ暗になった夜の街を歩きながら、さっきの話しをまとめた。
「パブロは孤児になって教会で預かっている子供たちを、離れた街のお金持ちに売っている。その目的は……」
言葉に詰まる。奴隷とか玩具とか、彼の言葉の意味はみんなよくわかっていた。
「そのために孤児を作っていた。大人ばかりをヘテロヴィトに襲わせて」
「どれくらいの頻度でやってたのでしょうか。あのサイズのヘテロヴィトだと、成人男性ひとりの遺体でだいたい三日間ぐらいの食料になりますが」
「三日にひとり孤児が増えるなんてことはない。年に五、六人ほど」
「ひとつの街でそれだけの孤児ができるのは、やっぱり多いわね。わたしの世界とは事情が違うかもだけど」
「この世界でも、この程度の街だと、他の街はもう少し少ないわ。ちゃんと数えたことはないけど」
ルミナスの世界どころか他の街での孤児の事情を、僕は知らない。だから普段教会に通っていても、それがおかしなことだとは気づかなかった。ルミナスとリーンの言うことを信じれば、不審と断じていいようだけど。
「つまりあのヘテロヴィトの普段の食べ物は、別の所から調達してきた人か馬ということでしょうね」
「調達?」
「はい。人を襲う頻度は少なく、この森には野生の馬も多くはいないようですから。グルトップを……あの一体だけなのか少数の群れなのかはわからないですが、見つけたのはただの幸運。普段は、咆哮同盟が人か馬の遺体を持ってきていたのでしょう。あのパブロという商人も手伝っていたのかも」
複数の馬車で商品を運ぶ商人なら、人なり馬なりの死体も運べる。あの護衛集団もそのことを知っていた。だから馬の怪物の噂を消しにかかった。やり方はかなり考えなしで下手なものだったけど。
死体を用意していたのは同盟で確定かな。パブロはヘテロヴィトを使って金儲けして、その一部を同盟に寄付する。その他にも仕事をしているのかもしれないけれど、共犯関係なのは確実。
やるべきことはふたつ。パブロの犯罪を明らかにして、然るべき罰を与えること。それからヘテロヴィトの討伐。これはヒカリやシャロの使命。
パブロの方は、その罪を街の権力者、例えば領主様に告発すれば良いのだけど。
「とはいえ、そのことを知っているのはあたしたちだけ。誰かに告発するにしても、証拠がないとね」
「うあー。こんな時にスマホが使えれば録音できるのに」
「スマホってなに?」
「異世界の便利な道具。それよりみんな。どうするの?」
ルミナスはそう訊きつつ、僕を見る。みんなではなく僕を。他の視線も同様にこっちに。
「え、どうして僕に」
「ほら。ギルって昔から頭は良かったから。意見を聴きたいなって」
リーンが口を開くと、他の三人もこくこくと頷く。昔からの付き合いはないですけれどと、シャロが付け加えた。
「でも、頭の良さなら僕なんかよりもシャロの方が」
「私にあるのは知識だけです。それを適切に使えている自負はありますが。しかしこういう時の方針を決めるのは、ギルさんが適任ではないかと」
「ギルは、たよれる」
「というわけでギル、どうする?」
四人から見つめられて戸惑う。僕が一番年下で、このパーティーの方針を決めて本当にいいのかという疑念はある。けれど、頼られるのは悪い気もしなかった。
だから覚悟を決めた。
「信頼できる誰かの協力を仰ぐべきだ。そしてあのヘテロヴィトと、パブロの護衛に僕たちが襲われる様子を見せて、誰が悪人かをはっきりさせればいい」
そして、これからの方針をみんなに語って聞かせた。
まずは信頼できて、街の中で地位のある人を味方につけること。
急いで教会へと戻る。
子供たちはもう寝ている時間。神父様も同じと思ったけど、起きていた。急に飛び出して音沙汰のない僕たちを、もう少し起きて待とうとしていたらしい。
申し訳なさはありつつ、これは好都合。謝った後、パブロの正体について話した。




