1-25 ケンタウロス
リーンの先導でその宿まで向かう。
ところが、その途中で当のパブロさんを見かけたため、慌てて身を隠した。さっきも見た護衛のうちふたりを連れ、徒歩で外を歩いている。
夜も遅くなって、酒場で飲んでいる住民もそろそろ家に帰って明日に備えて寝ようかという時間帯。こんな時間になんの用だろう。
「見た感じ、護衛の片方はリーダー格といった風ですね。さっきもパブロさんと一番話してたのは彼でした」
「シャロあなた、よく見てるわね」
「観察は学問の基本なので。とにかく、後をつけましょう」
彼らの間に会話はないけど、目的ははっきりしている風な足取りだった。まっすぐ街のはずれ、街の外へ続く門の方向へと進む。
この時間でも門は開いているけれど、街の外の人通りは少なく、その分盗賊なんかの不逞の輩や野生動物の出没が増える。外出が推奨される時間ではない。
パブロさんたちが門を通るのを見て、少し待ってから後に続いた。門番の兵に彼らの用事に心当たりは無いかと尋ねたけど、特に何も話さなかったようだ。
門を抜けるとすぐに森が広がっている。鬱蒼と茂る木々の間には月明かりも届かない。夜の闇が体にまとわりつく感覚。どこからか狼の遠吠えも聞こえた。
にも関わらず、パブロさんたちは松明の光を頼りに躊躇なく森に入っていく。
「ライトオン・ルミナス」
十分に距離を取りつつ、ヒカリは小声で唱えて変身。敵に備えての臨戦態勢でもあるし、夜の森を照らす光の確保のためでもある。ルミナスは手のひらに丸く光る球体を作り出し灯りとした。
僕たちもそれぞれ武器を抜きつつ、向こうに悟られない程度に明るさを調節した光を頼りに追いかけていく。
そのまま、どれくらい進んだかな。夜の静寂の中、パブロさんの声が聞こえた。
「おい。いるか」
「……なんの用だ?」
知らない声での返事。木々の陰に隠れ、ルミナスは灯りの光量を落とした。
パブロさんの松明に照らされて、何者かが姿を現すのが見えた。
あれは一体なんなのだろう。馬? それとも人間? そのどちらでもあり、どちらでもない。四本足の馬の体の、首や頭があるはずの場所に人間の男の上半身がある。
「ケンタウロス……」
「え?」
「わたしの世界の神話に、そういう怪物が出てくるの。それに似てる」
「そうなんだ。ケンタウロス……。ねえ、シャロ」
「間違いありません。ヘテロヴィトです」
ルミナスがそう呼称した怪物は、ルミナスやシャロにとっての敵。武器を構えたまま、油断なく怪物を見つめる。
「どうする? ヘテロヴィト、ころす?」
「待ってライラ。もう少し様子を見たい」
人食いの獣が対面する人間を食わない理由は、そう多くは思いつかない。だから、ふたりの会話を聞く必要がある。
「聞いたぞ。お前、冒険者を襲って取り逃がしたらしいな?」
「なんのことだ」
「とぼけるな! 森に入った冒険者が数日行方不明になり、別の冒険者に助けられただろ! 生還した男はお前の姿を見ているはずだ!」
「俺は見られていない。ミーレスだけだ」
「同じことだ!」
普段からは全く想像できないほど、パブロさんは声を荒げている。一方のケンタウロスはどこ吹く風という様子。
「いいか、お前が使役するバケモノの噂が広まっている。その上、お前たちヘテロヴィトに詳しい動物学者が街に来ている。小娘だが油断できない。ギルドや領主が調査をするだろう。そうなればお前の存在が明るみに出る」
「その時は向こうの世界に逃げればいい」
「そう簡単じゃない。相手は専門家だぞ。それに妙な魔法を使う小娘と一緒に行動している。万一お前が生け捕りになれば、私との関係がばれる」
「ああ……」
ケンタウロスは嘲るように笑った。
「結局は保身か」
「当然だ! お前とは違って、私には立場がある。森に住み、たまに人や馬を襲っていればいいお前と違ってな!」
「だが俺が人を襲えば、お前に利益が出るのだろう? 大人ばかり狙って殺すことで」
「ああそうとも! 大人が死ねば孤児ができる! お前が殺し損ねた冒険者も、早くに女房を亡くした子持ちだ。殺せていたら、ガキは私の商品になった」
子供が商品に。その意味をわかりかねて、僕たちは一様に首をかしげる。いや、なんとなくわかっていたけど、理解したくなかっただけ。
そしてその答えは、すぐにケンタウロスが嘲り笑いながら語る。
「金持ち連中に売りつけるんだろ? 里子という名目で、奴隷とか玩具として。そんなことを考えるなんざ、俺と人間、どっちが怪物かわからんな」
「なんとでも言え。ガキの体を弄びたいという変態はいくらでもいる。金持ち連中にもな。そして買いたい人間がいれば調達して売るのが商人だ。この街にはお人好しの神父がいて、孤児の在庫の保管場所にはぴったりだ」
「人身売買……」
隣でルミナスが憎々しげに言い、動こうとした。すかさず僕とリーンとで止める。
「落ち着いてルミナス。許せないのは僕も同じ。けど、今は情報を集めよう。それに、パブロをここで殺せば面倒なことになる」
彼をこの場で殺すのは簡単だ。けれどその後を考えなきゃいけない。
たとえ悪人であっても、大商人なのは変わりがない。一介の街の住民とはわけが違う。彼の商会の者が黙ってはいないだろうし、手を下した僕たちは取り調べを受けるだろう。
なんの依頼を受けたわけでもないギルドの冒険者。それも低い等級だったり余所者だったり。この街出身で等級の高いリーンにしても、長く街を離れていたし、そもそもこの街の商人の娘でパブロとは商売敵だ。それで余計な疑いを持たれるのは得策じゃない。
道徳の名のもとに犯した殺人でも、それで罪に問われるのは避けたい。だから今だけは静観すべき。
「わかった。けどあいつは、わたしがケリをつける」
説得を受け入れながらも、その相貌には怒りが宿っていた。もちろん僕も同じ想いだ。