1-20 旅の商人
シャロはさらに質問を重ねる。
「そちらの世界では、ヘテロヴィトの存在は広くは認知されていないのですね。こちらも同様ですけど」
「知られてないよー。本にもネットにも……ネットはわかんないよね。とにかく誰も知らない」
「ではヒカリさんはなぜ、人食いの怪物の存在を知っていたのですか? そしてなぜ戦う力を得たのですか?」
「あー。うー。えっと……」
恐らくシャロが一番知りたいであろう質問に、ヒカリは少し戸惑った表情を見せながら目を逸らす。けどすぐに、調子のいい口調に戻った。
「なぜ戦うかって、もちろんわたしが、正義の魔法少女さんだからです! で、なんで怪物のこと知ってるかは……襲われたから、かなー?」
あははと、あからさまに答えをはぐらかす。答えたくない質問なら答えなくてもいいとシャロも考えたらしく、気遣わしげな表情をしながら口を開こうとして。
「ねえ。シャロはどうして、ヘテロヴィトに詳しいの? 勉強したなら当たり前かもしれないけど、なんかこだわりがあるなって。ねえ、理由があるの?」
「え? 私ですか? それは、あの、えっと……なんと言いますか」
「シャロのしりあいが、どうめいにいるんだよね?」
「ちょっと! ライラ!? うぅ……」
ヒカリと同じ、答えにくそうな様子を見せたシャロだけど、ライラが先に答えを言ったものだから動揺したようだ。けどすぐに、気持ちを固めたのかヒカリの方に向き直る。
「ライラの言う通りです。首都で動物学の先生に学んでいた時の、兄弟子です。私なんかよりもずっと頭が良くて……生命の美しさに夢中になり深い探求を目指した結果、ヘテロヴィトに魅せられました」
苦々しい思い出なのだろう。表情から伝わってくる。
「彼ともっと話しができていれば。彼と向き合えていたら。後悔は無駄ですけど、どうしても考えてしまうんです。だからせめて、彼をできるだけ早く止めます。そして彼を狂わせたヘテロヴィトを一匹でも見つけ出して討つ。それが私の旅です」
「そっか。なら、わたしとシャロの目的は一緒だね」
「……そうですね」
シャロは、どこかほっとした表情を見せた。
たぶん今まで、シャロには目的を同じくする相手がいなかったのだろう。旅の仲間のライラも、怪物に対しては何の感情も持っていないようだし。
「あ、もちろんギルもライラも仲間だよ!」
「うわっ!」
「わっ!?」
突然ヒカリが僕とライラの肩を抱いたものだから、ふたりして驚きの声があがって。その様子を見て彼女は楽しそうに笑って。つられてみんなも笑う。
なんか、こういうのっていいな
教会で神父様に挨拶をと思ったら、先客が来ていたらしい。執務室から、神父様と年長の女の子と、それから恰幅のいい中年男性が出てきた。
この男は知っている。好きでも嫌いでもない相手だけど、向こうからすれば僕は重要な顧客だ。正確に言えば、顧客は僕の家なのだけど。
「これはこれはギルバート様。ご機嫌麗しゅう」
「こんにちはパブロさん。この街にはいつ?」
「今日の昼頃に着きましたよ。隣の街から森を抜けて」
人当たりの良い笑みを浮かべ、肉付きのいい腕を伸ばしてきたから、応じて握手をする。
「そうですか。道中、危険はありませんでした?」
あったら彼はここにはいないだろうから、意味のない質問だ。けれど隣街とこの街を繋ぐ道は、さっき怪物と戦った森を貫くように通っている。なんとなく気になった。
「いいえ。特に何も。危険な狼や馬に襲われることもありませんでした。もし襲われても、優秀な護衛がついているので心配ありませんが」
それもそうだ。商人は高価な物品を馬車で運んでいる。盗賊に襲われることも多いから、護衛は当然つけているはず。余計な心配だった。
そう目の前の男と話していると、ヒカリが気になったのか横に立って尋ねてきた。
「ギル、この人は?」
「パブロさん。交易商人だよ。国中を巡って各地の特産物や珍しい物を買い集め、売る」
「なるほど。通販のない世界で遠い場所の物が欲しい時にお願いする人なのかな」
ツーハンが何かわからないけど、ヒカリはなんとなく理解したようだ。
交易商人とは、主にお金持ちを相手に交易をする商人。顧客である資産家から、これが欲しいという依頼を受ければ調達して届ける。それ以外にも、各地の品を運んで顧客に売り込んだりして金を稼ぐ。
街の資産家や名門と呼ばれる者たちは、だいたいがお抱えの交易商人を持っている。というよりは、資産家の方が商人にとってのお得意さんだ。
パブロさんはこことは別の街に拠点を持つ、大規模商会の会長。本来ならこうやって自ら旅をする立場ではないけれど、今でも一線に立って商売をすることが上に立つ者のあるべき姿だという矜持を持っているらしい。
そして僕の家、ラトビアス家はパブロさんのお得意さんでもある。
「明日にもギルバート様のお家にお邪魔しますよ。ご入用の物があれば、お申し付けください」
「いえ、もう家には帰らないというか。冒険者になったので……」
「さようでございますか。そういえば、もう十二歳の誕生日を迎えられたのですね。おめでとうございます」
「はい。ありがとうございます……」
家に出入りしているし、商人にとって顧客の情報把握は儲けに繋がること。僕の体質や事情について家族は話したがらないだろうけど、この男は理解しているらしい。