1-2 出力異常
神様の下では人間はみんな平等。教会の神父様は、以前そう語っていた。
神父様は立派な人だけど、その言葉は間違い。人は平等じゃない。少なくとも僕にとっては違う。
ホーマラントという街の中心近く。そこに建っている屋敷が、僕の住む家。
僕の父、ゲドバート・ラトビアスが当主を務めるラトビアス家は、この街一番の魔法使いの名門だ。
魔法は誰だって使えるものじゃない。むしろ、その才能を持つ者は少数派だ。
それゆえ人々の尊敬を集める。魔力は親から子へ受け継がれるから、自然と家系は高い格を持つ名門の立場になっていく。
ラトビアス家は先祖代々、優秀な魔法使いを輩出してきた。そしてその力で、ホーマラントの街を含めたこの地域一帯を治める領主様の仕事を、代々補佐してきた。
僕の父も今の領主様の補佐官だし、兄も近いうちに城主様のお屋敷で働き始める予定。
母も姉も、家族はみんな優秀な魔法使い。でも僕だけは違った。
朝が来た。狭い部屋の硬いベッドに寝転びながら、窓から差し込む日の光に目を細める。それから起き上がって、周りを見た。
元は倉庫として使われていた部屋らしい。
魔法使いの名門であり、この街の名士の第三子である十二歳の少年。ひ弱そうとか女の子っぽいとかよく言われる。
それが僕、ギルバート・ラトビアスであり、それにあてがわれたのがこの部屋だ。
古い屋敷の中でも特に手入れが行き届いてなくて、あちこちかび臭い。
これでも掃除はしているのだけど、消せない汚れも目立つ。時々鼠が床を這う。部屋の隅に張っている蜘蛛の巣は、何度取り去ってもまた張られるから、いつしか諦めた。
今はまだマシだけど、これから来る冬になれば屋内とは思えないほどに寒い。
隙間風さえどこからか吹いてくる。
末っ子とはいえ、金持ちの家の子供の部屋にしては粗末すぎると自分でも思う。街の他の名士に友達はいないけど、聞いた限りもっと良い部屋で寝ているはず。
でも仕方ない。僕はこの家にとってはお荷物。落ちこぼれなのだから。
寝間着から普段着へと着替えて部屋を出る。
食堂に行けば、使用人が何か作っているだろう。でもそうしたら、家族と顔を合わせる可能性が高い。それは気が進まない。
僕は家の中で弱い立場で、ここ数日は特に風当たりが強いから。
とはいえ、ずっと部屋に閉じこもるわけにはいかない。外で何か買って食べよう。そう決めて、こっそり屋敷を抜け出そうとしたのに。
「ギルバート。どこに行く?」
「あ……。兄上。いえ。少し森の方へ散歩に」
運悪く見つかってしまった。年上であることを除いても、高い背と丈夫な体つきが威圧感を与える男。兄のガイバート・ラトビアス。
森へ行くのは嘘じゃない。食事を調達したら向かうつもり。
けど兄は、それが気に入らないようで、険しい目で僕を見下ろしている。道端に落ちた犬の糞でも見るような目だ。
「不用意に屋敷から出るな。無能なお前の姿を世間に晒せば、家の名誉に関わる」
「そうならないために、強くなります。家の恥にはならない」
「既に恥晒しだと言っているんだ! この出力異常者が!」
声を荒げその単語を口にした兄に、僕は言い返さずに睨みつけるだけだった。
出力異常。それが僕の体質につけられた名前。
他の魔法使いと同様に、僕の体内には間違いなく魔力が存在している。けれど、その魔力を使うことができない。
普通の魔法使いが、火や風を吹かせ、誰かが負った傷を直したり身体能力を強化させたり、国の行く末を占ったりする。
なにができるかはその魔法使いの才覚によって違ってくるけれど、僕の場合はできることが皆無だ。
出せるはずの力が出せない異常。だから出力異常。治療法はない。
かくして僕は、魔法使いの名門の役立たずとしての人生を強いられていた。
言い返さなかった僕を、兄は鼻で笑った。別にいい。何か言ったら、この男はさらに被せて責めてくるだろう。言うだけ無駄だ。
「身の程を知れ恥知らずめ。お前のような無能を養っているのは、捨てたり殺したりすれば家の世間体に関わるからだ。それよりは、異常者を養える器量を見せたほうが民衆の受けがいい。そんな父上と母上のお考えによるものにすぎん。……俺がお前なら、異常者として生きる恥に耐えられず、自ら命を断っているところだ」
吐き捨てるように言いながら、これ以上話したくないとばかりに行ってしまった。腹立たしいけど、解放されたからいいか。
それなのに、入れ違いに別の家族に声をかけられた。
「おはよう、ギル。大丈夫だった? 兄上の言うことは、あまり真に受けない方がいいわ」
「おはようございます、姉上。大丈夫です。気にしていません」
ガイバートの妹にして僕の姉、フローティア・ラトビアス。
兄と比べれば、僕への態度はかなり柔らかい物だ。声をかけたのが父や母でなくてよかったと安堵する。
姉も優秀な魔法使いで、異常者の僕とは立場が大きく異なる。けど彼女は、僕を蔑みはしなかった。
「そう。よかった。ギル、あなたがやりたいっていうことはわかっているわ。家では誰も賛成しないけれど、わたしはあなたを応援します、ギル」
「ありがとうございます、姉上。心強いです」
少し緊張が解けたような気がした。そんな姉にも挨拶を言って、ようやく屋敷を出た。




