1-19 再び教会へ
ヒカリは違う世界から来た。それをシャロが素直に受け入れた理由がわかった。その例を知っているからだ。
「そう。奴ら、急に現れて急に消えるから。こっちに来るときはわからないけど、消える時は地面に小瓶を投げつけてた。すると大きな穴ができて、奴らはそこに落ちていく。わたしもその穴に落ちてここに来た」
「なるほど。こちらの世界から消える時も同じです。その穴に入ろうと試みた人間もいたそうですが、ひとりとして戻ってきませんでした。なので、向こうからこちらへ来られた人間は、ヒカリさんが最初の例ですね」
「うあー。世界初をやっちゃったかー。魔法少女だから行けたのかもねー。それで、どうして奴らは世界を超えるなんてことするの?」
「ヘテロヴィトの生態として、自分を構成する動物しか食べられないという特徴があります。馬と人が合わさったヘテロヴィトなら、馬か人だけが食料。そして動物によっては、野性動物を狩るだけでは食料が足らない」
野生の馬なんてなかなか見つからない。あの金色の馬だって希少な動物。だから家畜として飼われている物を襲うか、あるいは人を食らうしかない。
「咆哮同盟はヘテロヴィトの存在を秘匿しています。見つかれば怪物として狩られますから。しかし世界中に散らばるすべてのヘテロヴィトを、一箇所に集めて養うだけの資金力や人手があるわけでもない。なので、各地の森や洞窟などに隠しています」
大勢の怪物を保護して飼育するには広大な土地が必要。同盟は存在を世間に知られてはいけないのに、そんなに大きな敷地を持つと目立ってしまうとかかな。けど。
「けどそれだと、餌の入手が難しい。何度も人を襲えば見つかる」
「はい。なので異世界へ送ってそこで人を食べさせる。この世界で見つかりそうになれば、異世界でしばらく滞在させてやり過ごす。その異世界で危なくなれば、こちらに逃げ戻る。そんなやり方をするそうです。世界を超える薬品は、比較的安価に作れるそうなので」
話をまとめるとこうだ。ヘテロヴィトという、人と獣が合体して、人を食い、怪物を呼び出せて世界を行き来できる力を持った動物がいる。そしてそれを支援する集団も。
行方不明になっていたパーティーも、それに襲われたのだろう。そして見つかっていないふたりは、既に食われた可能性が高い。
「馬のヘテロヴィトは森に潜伏していると思われます。いつからいるかはわかりません。最近来たのかもしれませんし、ずっといたのかも。なんにせよ、広い森の中でグルトップや冒険者パーティーと出会ってしまった。そして食い殺し、追い散らした」
そして捕食者から必死に逃げ出した金の馬が、ブドガルのパーティーを全滅近くに追い込んだ。
シャロの説明を聞いて、ライネスは考え込んだ。一度に多くの情報が入ってきて、それを受け入れるのにも時間を要するのだろう。ややあって、彼はシャロをまっすぐ見つめた。
「最後にひとつ教えてくれ。その怪物は、倒せるのか?」
「生物なので殺せます。ただし体力ある限りミーレスを次々生み出せるので、討伐には相応の装備と人手が必要――」
「倒せる。何度も倒してきた。わたしがこの手で」
シャロの言葉を遮って、ヒカリはきっぱり言い切った。
「わたしの力があれば、倒せる」
ライネスはシャロとヒカリのそれぞれの答えを聞いて、また少しだけ考えた。それから。
「わかった。とにかく危険な動物が街の近くにいるのは事実だ。駆除しないと。ギルドで対策を練る。お前たちの協力も仰ぐことになるだろう。だが今日はもう遅い。一旦帰って、しっかり休んでくれ。依頼の報酬も出すから、ちょっとばかし贅沢してもいいぞ」
芳しい状況ではないだろうに、ライネスは人当たりの良い笑顔を作ってそう言った。こう言うときに笑顔を見せられることは、人の上に立つ者の資質なのかも。
冒険者になって二日目にして、四等級の依頼を果たすことになるとは思わなかった。けれどできた。ヒカリやシャロやライラのおかげで。
帰り際、医務室に寄った。助けた男は疲労によってぐっすり眠っている。けど命に別状はないそうだ。教会に行かないと。そう、眠る直前にうわ言のように言っていたと、職員から聞かされた。
「ねえギル! お父さんは生きてるって、あの女の子に伝えに行かない!?」
「それって、つまり今日も」
「そう。教会に行きたい!」
僕の手を握って、教会の方へと引っ張っていこうとするヒカリ。どうして毎日行こうとするのかな。
「それに、シャロやライラもみんなに紹介したいなー」
「みんな?」
「そう。ライラと歳の近い子供たちがいっぱいいるよ!」
「ほんと? おともだちになれる?」
「なれるよ。みんないい子だからねー」
「わーい」
千歳を超すエルフに対して、年下の小さな女の子に接するような話し方。ライラが気にしてないから良いのかな。
「エルフは、肉体の成長に比例して精神の成長も遅いんです。なので、見た目に近い内面を持っていると考えてもいいですよ」
疑問を察したシャロが説明し、続けてヒカリに話しかける。
「あの。ヒカリさん。私もご一緒して良いでしょうか。ヒカリさんのこと、もっと知りたいですし」
「へ? わたし? いいよ。なんでも訊いて。教えてあげる」
「ありがとうございます。では……ヒカリさんが、向こうの世界でどうヘテロヴィトと戦ってきたかを教えてください」
「どうって言ってもね。さっきみたいに変身して戦って倒す。人食いの怪物とその手下って認識しかなかったけどね。まず手下を片付けていって、奴らが穴の中に逃げる前に殺す。それだけ」
「そうですか。つまりヒカリさんは戦力としては、多数の人間に匹敵するわけですね」
「いやいやそんな。めちゃくちゃ強いなんて。それほどでも……あるけど。えへへ」
褒められて得意になっている。ヒカリが強いのは事実だから、いいのだけど。