1-17 行方不明の冒険者
両者とも、その口調には恨みの感情が込められていたけれど、言った直後にお互い顔を見合わせる。
「シャロ。あの馬を詳しく知ってるの?」
「え、ええ。あれは――」
「やめろ! やめてくれ! 殺さないでくれ!」
答えようとしたシャロの言葉を、誰かの悲鳴が遮る。見れば、倒木と地面の隙間を馬の一頭が覗き込んでいた。その馬の向こうに、冒険者風の服装の男が見える。状況はよく確認できないけど、危機的状況なのは間違いなさそう。
「ライラ!」
「うん」
短い返事と同時に、エルフの少女は背負っていた弓に矢を一本つがえて放つ。その一連の動作を一瞬で行った。
狙いを定める隙すら無いように見えたけど、矢は冒険者に襲いかかろうとしていた馬の後頭部を真っ直ぐ貫いた。直後にどすんと音をたてながら倒れた馬を観て、もう二頭が唸り声を上げつつこちらを見た。
「わたしがやる! ギルたちはあの人の救出を!」
そう言うと同時にルミナスは馬の前に躍り出ながら光の剣を作った。六本足の馬もまた、ルミナスを敵と判断して突進をかけてきた。これをかわして、首を剣で一閃。血を吹き出しながら馬は地面に倒れ込む。
残る単眼の馬は接近する代わりに、ひとりでに裂けた脇腹から何か細長い物を出してルミナスへ伸ばした。
本で見たことがある、タコという海の生き物の手に似ている気がした。そういえばヒカリも、似たようなことを前に言った。あれが触手。
自らに伸びてくる触手を剣で断ち切りながら、ルミナスは馬へと駆けていく。その隙に僕たちも前に出て、倒木の下に隠れていた冒険者の男を助け起こす。
「大丈夫ですか!? 今助けます。立てますか?」
「あ、足が……」
その男の右膝が、本来ではありえない方向に曲がっていた。折れたか。
「シャロ、肩を貸して一緒に運ぼう。ライラは敵の警戒を」
「あ、あの! そこに!」
シャロが怯え気味に指さした方向に、別の異形の馬が二頭、木々の合間から姿を表した。ライラがすかさず、その内の一頭の首に矢を放つ。命中して馬が倒れるのと、もう一頭の馬が額から触手を伸ばすのは同時だった。
シャロの首に巻き付いた触手を、剣を抜いてすかさず切断する。そして少し遅れて、ライラが矢を放ちその馬の首を射抜く。
「シャロ!」
「けほっ。だ、大丈夫です。ミーレスの触手は、触れるだけなら無害なので」
「ミーレス?」
「説明は後です。今はこの場を切り抜けないと」
「うん! ルミナス! 撤退だ! この人を連れて逃げよう!」
「でも!」
ルミナスの方を見れば、やはりそっちにも新手の馬が来ていたのかそれと戦っていた。片側だけの目が異様に大きな馬の蹴りを盾で防ぎながら、その足を剣で切り裂いていた。
「こいつらの親玉を倒さないと!」
「でもルミナス、怪我人がいるんだ! この人を無事に帰さないと!」
「うあー! わかった! 逃げましょう!」
戦い続けたい。そんな気持ちを表すかのように、目の前の馬の胴をザクザクと剣で刺す。それからすぐにこっちに駆け寄る。
「えっと、僕とシャロとでこの人を運ぶ。ライラは先導してほしい。ルミナスは後ろを……お願いします」
なんで僕が指揮をしているのだろう。不意に気づいて声が小さくなったけど、三人は気にしてない様子だ。
「わかりました。ライラ、帰り道はわかりますね?」
「うん。まかせて」
「こういうの、殿って言うんだっけ。こっちも任せて。誰ひとり近づかせないから!」
別の馬が追いすがる。ルミナスは振り向きざまに光の矢を作り、数本まとめて放った。馬が穴だらけになるのを確認しながら、僕とシャロは怪我をして歩けない男を両脇から支え、来た道を戻る。
男の身長は僕たちよりも高いから、少し引きずる形になってしまった。
「すまない……本当に……助けてくれてありがとう……」
「いえ。ライネスさんからの依頼だったので。採取依頼で森に入って行方知れずになった三人組の冒険者さんで間違いないですね?」
男は無言で頷いた。
「では、残りのふたりはどこに?」
「死んだ。あの馬どもや……馬を操る怪物に襲われた。あんなの見たことない。馬の体から人の体が生えてるなんて……」
「馬から、人が?」
その男が何を言っているのか、よくわからなかった。けれどシャロは、困惑ではなく深刻そうな表情で、男が続きを話すのを聞いていた。
「あいつらは俺を庇って死んだ。俺たちはひとりもんだが、お前には娘がいるだろうって」
「娘さん?」
「ああ。カミさんも亡くなってお前まで死んだら、娘さんがひとりになるからって。それであの馬共に向かっていって、蹴り殺された。死体も馬に連れてかれて、弔うこともできない。ちきしょう。なんで……」
「それから、あなたは?」
「森を逃げ回った。隠れた。帰り道もわからなくなった上、奴らにまた見つかった。そこであんたたちが助けてくれたんだ。なあ、あんた街の冒険者か? 俺の娘がどうなってるか知らないか? まさか家にひとりで置いてかれて、そのまま……」
「安心してください。その子は教会で保護されています。神父様の世話を受けていますよ」
「そうか……よかった……本当に……」
運ばれながら、男は涙を流した。それ以上何か言える様子ではなく、僕たちも馬が追撃してこないかを注意しなければならないため、街に戻るまで無言の時が続いた。