1-16 森の中の死体
ふたりの事情も多少は知れた。
ライラは森に住んでいた純粋なエルフで、ある日外の世界に興味を持って森を飛び出した。それ以降は冒険者として生活をしてきた。職業は、さっき予想した通り弓使い。
シャロは十五歳で、王都生まれ王都育ち。小さい頃から、王都では有名な動物学者に弟子入りして教育を受けていた。教育を受けられるということは、良家のお嬢様のはず。ある事情から旅に出る決意をして王都を出て、そこでライラと出会って一年ほど共に行動していたとのこと。冒険者としての職業は斥候。一応短剣を装備しているけど、戦闘は苦手らしい。
旅に出た事情について尋ねる前に、森に着いてしまった。
「ではギルさん、ヒカリさん。昨日の足取りの通りに、森の中を進んでください。グルトップや消えた冒険者さんの手がかりを探しますので」
シャロに言われた通りに森を歩く。最初は馬ではなく、狼の群れを討伐するために歩いていたのだけど、一応その進路も案内してくれと言われた。
前日に倒していた狼を、当日に討伐した体でギルドに報告したことは内緒にしてほしいとお願いしたところ、シャロもライラも頷いてくれた。
剣の鍛錬に使っていた空間には、相変わらず狼の死体がいくつも転がっていた。死んでから二日も放置されれば、相当腐敗する。蝿がたかっているそれに、シャロはなんの躊躇いもなく近づき観察した。
「ブラッドウルフ。文字通り血の色に似た毛を持つためそう呼ばれています。あるいは、人間含めて獲物を獰猛に狩る性格にも、ふさわしい名でしょう。別名、人食い狼ですね」
そして地面に這いつくばるようにして、匂いをかぎ始めた。腐臭が漂う中でよくそんなことかできる。ややあって、シャロは地面に落ちている草をひとつ拾い上げた。
「狼避けの香草ですね。どこの街でも使われる、一般的なものです」
「僕が撒いた。ここで剣の訓練をしたいけど、狼に襲われないように。一昨日は、なぜかこの狼には効かなかったけど」
「そうですか。狼はこの匂いを嫌うので、効果はあるはずなんですけど。何か理由があるはずです。例えば、この匂いどころではない恐ろしい天敵から逃げてきたとか」
「天敵って? あの馬とか?」
「どうでしょうか。確かにグルトップは力が強いですし、狼が単独であれば勝つかもしれませんけど……」
ルミナスに訊かれて、シャロは考え込む。この狼は群れで逃げてきた。だから、一頭の馬にやられるとは思えない。それに、あの馬が狼を追い回す理由もない。
答えは出ないまま森の奥へと進む。
目の前で蹴られて死んだ冒険者の遺体と首は、昨日のうちにギルド職員が回収している。馬と戦った現場に残されているのは血の跡ぐらい。残るひとりの遺体と首と生き別れになった胴体は、まだ見つかっていない。
「昨日来たのはここまで。ブドガルがこの先に行ったのは間違いないけど」
「では、その人の足取りを追いましょう」
どうやって。そんな疑問を挟む前に、シャロは再び伏せるように地面に顔を近づけた。
「ええっと。馬や人の足跡。金色の毛が抜けたもの。血の跡。昼食のパンを包んでいた布。滅多にないですが冒険者の装備品。そういう物を探して辿っていきます」
薄い獣道はあるけれど、ブドガルが本当にその通りに進んだのかは定かではない。だからシャロは、ひたすら手がかりをたどって森の中を先導していく。事実、途中で獣道から外れた所に、真新しい足跡を見つけた。
帰り道に道に迷わないよう、木々に目印をつけながら進んでいった。
「あの……この遺体はどなたでしょうか」
やがてふたつの死体にたどり着いた。ひとつは背中を重いものに踏み抜かれたように損壊していた。もうひとつの死体には首から上がなかった。腐敗は始まっているけど間違いない。ブドガルの仲間だ。
「他に生物の死骸はないですね。たぶんですけど、例のパーティーはここでグルトップに手を出したのでしょう」
それで予想外の反撃に遭い、死者が出た。よく周りを観察すれば、外した矢が木に刺さっていたり、取り落とした剣が落ちていたりする。
「つまり、あのハゲたちはここまでは来てたってこと? それで、何か天敵から逃げてた馬と鉢合わせしたってことかな」
「そういうこと、だと思います。あくまで推測ですけど……ここから先は、馬の痕跡だけで探すことに――」
「どうかしたの?」
「静かに」
短くそれだけ口にしたシャロは、地面に耳をつける。そのままじっと動かない。静かにしろと言われた手前、僕たちもどうすればいいのかわからず固まるしかなかった。
ライラの方を見る。この斥候とは付き合いの長いエルフの少女は、表情を変えずに相棒をじっと見つめるだけ。困っている様子もないし、こういうことには慣れているのかも。
「馬の足音がします。向こうに、おそらく複数。グルトップかもしれません。向こうに気づかれないよう、ゆっくり木々の間に身を隠しながら進んでください」
そう言って、シャロは姿勢を低くして進む。足音ひとつ立てず素早く進む。その歩き方をライラも習得しているのか、すいすいついて行った。
「待って。ふたりとも。ちょっと速い」
「置いてかないでよー」
小声で声をかけると、先頭を行く斥候職は振り向きはっとした表情を見せた。
「す、すいません。私の悪い癖で、得意なことになると夢中になってしまって。ゆっくりでいいので、馬に接近しましょう」
心底申し訳なさそうな表情をする。別に怒ってないからいいけど。改めて四人固まって行動。
そして見つけた。シャロが言った通り、複数頭の馬。確認した限り三頭。
残念ながら金色の毛並みではなかった。けれど、野生の馬ってわけでもなさそうだった。
こんな馬は見たことない。馬のうち一頭は体全体が妙にひょろながく、額から角が三本生えていた。一頭は胴体から足が六本生えていたし、一頭は顔の真ん中に一つだけ、あまりに巨大な目がひとつだけついていた。
「人食いの怪物……」
「ヘテロヴィト……」
異様な姿の馬を見て、ルミナスとシャロが同時に呟いた。