1-14 シャロとライラ
昼間、戦いの際に見せる顔とは違う。夜の街を照らす明かりの中で、彼女の笑顔はひときわ眩しい物に見えた。
肉や野菜や果物。あるいはそれらを調理した物。
街の市場で見つけて、ヒカリが興味を示したものはなんでも買ってみた。ふたりして買い物袋を両手いっぱいに抱えて、教会へ向かう。
空は暗いし、もしかしたらもう夕食の時間は過ぎているかも。そんな懸念はあったけど、幸いにして準備の途中だったようだ。
「お邪魔します、神父様。夕食をご一緒にと思いまして。あと、冒険者初日の報告を……」
「ギルくんおかえりー!」
「ヒカリちゃんもおかえり!」
「ギルくんギルくん! その袋なあに?」
「ヒカリちゃん! 一緒に晩ごはん食べよ!」
教会に入ると同時に、子供たちが駆け寄ってきた。ヒカリも同様に、子供たちに囲まれて笑顔になる。
「よくぞご無事で、ギル。初めての冒険はどうでしたか?」
神父様もやってきた。そして、紙袋の中身を見て苦笑混じりに頷いた。
「子供たちに贅沢はあまりお勧めできませんが、今日くらいはいいでしょう」
教会の食事が粗末とは思わないけど、市場で売っていた見たこともない食材を見て、子供たちは目を輝かせていた。
僕とヒカリの初めての冒険者としての仕事も、子供たちは夢中で聴いていた。少し恥ずかしいけど、悪い気はしなかった。
「ねえギルくん! もっとお話きかせて!」
「ぼうけんしゃって、他にはどんなことするの!?」
「ねえギルくん。一緒に遊ぼ!」
食事が終わっても、子供たちは僕やヒカリと一緒にいたがった。これ以上話せるようなことは無いから、ちょっと困ったけど。
「……うん?」
ふと、部屋の片隅にいる女の子が視界に入った。誰とおしゃべりするでもなく、壁を背にひとりで座っている。
うつむいていて表情はわからないけど、愉しそうな雰囲気には見えない。
初めて見る顔だった。
「彼女は今朝ここに来たんです。まだ子供たちと馴染めていないのでしょう。元々引っ込み思案な性格のようでしたし」
「そうでしたか」
「彼女の父は冒険者でした。早くに奥さんを亡くしてからは、その形見である彼女を男手ひとつで育ててきました。ですが、一昨日彼を含めたパーティーが森に入り、帰ってきませんでした」
「それって……」
神父様の説明に、ひとつの依頼が思い出される。ブドガルが受けていたもの。植物を採取しに行った冒険者が帰ってこない。
その中にあの子の父もいたのだろうか。
冒険者を襲ったらしい、凶暴な暴れ馬は退治した。けど消えた冒険者は見つかっていない。
「そっか。あの子もひとりぼっちになったんだ」
「彼女の父が生きている可能性も、まだ少しは残っています。なので教会で預かるのも一時だけ。そう信じたいのですが」
「そうですよね。見つかるといいですね、お父さん」
「そうですね」
そんな希望を話すヒカリと神父様。けどその可能性が低いのは、みんな承知していた。
翌日。日の出前に起きた僕とヒカリは、昨日と同じくギルドへと向かう。
ヒカリの格好はずっと同じセーラー服。これしか持ってないから仕方がない。どこかで服を買わないと。
依頼は日の出と共に張り出される。既に多くの冒険者が集まっていて、今日の仕事を待ち構えていた。
僕たちも乗り遅れないように掲示板の前に立とうとして。
「こんにちは。あなたが、ギルとヒカリ?」
「え? こんにちは。そうだけど……」
声をかけられた。見れば、僕と同じか少し年下の女の子がいた。白く短い髪は細く、明かりを受けて輝く様子は美しかった。
背中に弓と矢を背負っているから、弓使いの冒険者かな。
彼女は僕の返事を聞くと、大きな青い瞳をこちらに向けた。
「きて。シャロがよんでる」
「ええっ!? 待って。シャロって誰!? ていうか君は誰!?」
「ちょっと! どこに連れて行くの!?」
少し舌足らずな言い方をしながら、白髪の少女は僕とヒカリの手を引き建物の外へ連れ出そうとした。
この小さな体のどこにそんな力があるのか、引っ張られるままだ。
連れて行かれたのは、ギルドの近くにある肉屋。
その裏手にある解体場だ。普段は家畜の屠殺を行う場所だけど、今日はそこに昨日仕留めた金色の馬が横たわっていた。
そしてそれを囲む者が数人。肉屋の主人に、ギルドマスターのライネス。
それから見知らぬ女性。ヒカリよりちょっと年上かな。背中の中程まである長い髪をポニーテールでまとめている。温和そうな雰囲気を醸し出していた。
その子に、白髪の少女が話しかけた。
「シャロ、つれてきたよ」
「ありがとうございます、ライラ。ええっと、ギルバートさんとヒカリさんですね?」
その女性がシャロらしい。ライラと呼ばれた少女に礼を言った後、こちらに向き直る。僕が頷くのを見て、シャロは話を続ける。
「あの、突然お呼びしてすいません。私はシャロ・レンフィールと申します。王都で動物学を学んでいました。よろしくお願いします」
そう自己紹介して頭を下げる。どこか気弱というか、人付き合いが苦手で遠慮しがちという印象を受けた。
「ギル。王都って?」
「この国の王様がいる街。この国の中心にある大都市」
「なるほど。首都みたいなものね」
「あの、ギルバートさん……」
「あ。すいません。僕はギルバートでこっちはヒカリです。よろしくお願いします」
ヒカリからの質問に答えている間、シャロを放っておいてしまった。遠慮がちに声をかけたシャロに謝る。
彼女は何者なのかって疑問が顔に出ていたのだろう。それに答えてくれたのはライネスだった。
「この金の馬が何なのか、この街の誰に聞いてもわからなくてな。初めて見る種類だって、そこの肉の専門家も言う」
肉の専門家、正体不明の金の馬の死骸を仮置きする場を貸してくれた肉屋の主人は、ライネスの言葉にこくりと頷く。そしてライネスは話を続ける。
「彼女たちは旅の冒険者だ。昨夜この街に着いたらしい。この馬の話を聞きつけて声をかけてきた。さすが王都で勉強しただけあって、馬についてすぐに教えてくれたよ」
「いえ。知識があるだけです……」
年上の男に褒められ、シャロは恥ずかしそうに頭を下げた。それからこちらに向き直る。
「これはグルトップという、珍しい種の馬です。生息する場所こそ、この大陸の広範囲に渡っていますが、個体数が少ないため発見されることは少ないです。森の奥深く、人目につかない所に住むという生態からも、滅多にみつかりません」