1-12 馬を持って帰る
「勝った、のかな……?」
「うん。勝ったね……えへへ! わたしたち、また勝ったね!」
「うわっ! 急に抱きつかないでよ。それに、倒したのはルミナスで、僕は何も」
「違うよ。倒れかけたわたしを支えたり、馬に切りつけてバランス崩したりしてくれた。ギルの手助けがあったから、わたしは勝てた。だから、わたしたちの勝ち」
「僕たちの……」
地面に横たわる大物を見る。
冒険者になると決めた時から、こんな怪物を倒すことは目標だった。でも本当にできるなんて。
ルミナスがいてくれて本当によかった。そしてルミナスも同じらしい。
「ねえ。討伐証明だっけ。こういう馬の場合はどうやればいいの?」
「えっと、知らない。馬を討伐するなんて思わなかったし」
野生の馬がいないわけじゃないけれど、この街の周りでは見られない。しかも人に害をなす馬がいたのも異例。気性の穏やかな草食動物だから、普通は討伐しない。
この街のギルドでも、調べた限りそんな例は今までなかった。
だから、どこを切り取ればいいかなんてわからない。
「そっかー。じゃあ……」
ルミナスは少し迷ってから、覚悟を決めた表情を見せた。
「はい、ギルドの身分証です。街に入れてください」
「は、はい。ご苦労さまです……それは?」
「馬です!」
しばらく後。僕たちは少々苦労しつつ、街の門にたどり着いた。そして門番の兵士が目を丸くするのを見て、その光景がおかしくて笑った。
茶色い土が踏み固められた地面には、点々と血の跡が続いている。死んだ馬の傷口から流れた血。
ここまで持ち上げて運んできたのだから、そうなるのは仕方ない。
そう、持ち上げた。ルミナスが両手で馬の胴体を持ち、魔法少女となったおかげで強化された筋力に任せて無理やりここまで運んだ。
華奢な女の子が、あまりにも大きな金色の馬を持ち上げて運ぶ。その異様な光景に門番が驚くのは当然か。
門をくぐり街へ入る。馬の血が垂れるのが土の露出した道から石畳になり、道行く人の数も増えていく。
街の中でも僕たちは注目を集め、人々は信じられないという表情をした。
怪力を使えば、それだけ魔力を消費するらしい。時折ルミナスの手を握って魔力を補充する。
なんとなく、役に立てているという実感が持てた。
しばらく歩いてギルドの前までたどり着いた。建物の外だというのに、中にいるらしいブドガルの大声が聞こえてきた。
「本当だと言ってるだろ! でかい、凶暴な馬だ! 金色の毛の! みんなやられちまったよ! 俺以外全員だ! あの出来損ないとその女も馬に殺されるのを見た!」
「へえ。誰が誰に殺されたって?」
どさりと音を立てながら、ルミナスはギルドの床に馬を落とした。その音に、建物内全員の視線がこっちに向く。
ブドガルが今まさに死んだ主張する人間がいたのだから、皆唖然とした表情だ。それから、床の上で横たわる金の毛並みの馬にも視線がいく。
こんな大柄な馬は見たことないとか、金の毛など初めて見たとか、馬の姿に驚く様子を見せるギルドの冒険者や職員たち。
そしてすぐに疑問を持つ。ブドガルが死んだと言った人間が、殺したと言った馬の死体を運んできた。
これは一体どういうことかと。
「ブドガルだっけ。あんたギルを突き飛ばしたでしょ! それから、わたしたちを馬の足止めにしたでしょ!」
「な、なんのことだよ……」
ルミナスがブドガルの方へ迫りながら詰問する。
年下の女ながら、変な格好をしているルミナスの迫力に歴戦の冒険者はたじろいでいる。
彼は誤魔化そうとしたけど、さすがに無理がある。さっきまで僕たちは死んだと語っていたのだから。この男が嘘をついていたのは、周りの人全員が察している。
どうやって僕たちが生き延びたかは疑問だろうけど。
「ブドガル。あなたが情けない声をあげながら逃げていた馬は、この通り僕たちの手で殺しました。それが事実です。嘘は言わないでください」
「そうなんだからねハゲ! ていうか……」
ルミナスはちょっとだけ言葉を切って、ふっと笑顔を見せた。
「この街で一番の冒険者って聞いてたけど、大したことないよね」
完璧な煽り。
人を小馬鹿にするのはブドガルも何度もしてきた。けどこの手の人間は、自分が馬鹿にされることを許さない。その上、僕たちが生きていると何かと不都合だろう。
だからって、こうも直情的な行動をするとは思わなかった。
街で一番の冒険者とおだてられ、誰かから非難されることがしばらくなかった。増長しきった精神がそうさせたのかな。
「ふざけやがって新米冒険者の女のくせに!」
そう叫びながら剣を抜きルミナスの方へ走る。
周りの冒険者も止めようとしたけど、彼らはブドガルよりも格下。その余裕はなかった。もちろん僕も。
けどルミナスだけは違った。
ブドガルの剣の切っ先の動きを見極め、手のひらに小さな盾を作る。広げた手とほぼ同じ大きさのそれは、狼や馬に対して使ったのと比べて圧倒的に小さい。それをブドガルの剣に当てて軌道を逸し回避。
ルミナスはそのまま踏み込みブドガルの懐へ入り、腹に掌底をぶつける。
「ぐふぉっ!?」
掌底を押し当てただけとはいえ、魔法少女の強化された筋力は絶大。情けない声と共に大柄な体が後方へと飛ばされた。
そのまま背後にあった、受付のカウンターに直撃して。
「うあ……ごめんなさい。ううん、これはわたしのせいじゃない。こいつが悪い……」
木製のカウンターを破壊して、ブドガルはそこに身を沈めていた。気を失ったのか動かない。
周りの冒険者やギルド職員は、呆気にとられた様子でその様子を見ていた。