1-10 いざ依頼へ
ブドガルはひとしきり笑った後、隣にいるヒカリに気づいたらしい。
その姿に、ほうと声をあげながら目を見張る。
「なんだ落ちこぼれ。いっちょ前に女なんて連れやがって。そういうのは、もっと手柄を立てて偉くなってからするもんだぜ」
僕に向かって言いながら、視線はヒカリにしか向いてない。
ジロジロと値踏みするような視線に、彼女は眉をひそめた。けどブドガルはそんなことは気にしてない様子。
ヒカリとはずいぶん歳が離れてるけど、気にならないらしい。結構な年下趣味だ。
「なあ女。こいつのこと知らずに付き合ってるなら、やめときな。こんな無能な落ちこぼれよりは俺らと一緒にいた方がずっといいぜ? 俺のパーティーに入れよ。儲かるぜ? うまい飯食えるぜ?」
「あー。ご厚意は嬉しいですけれど、お断りします。わたし、おじさんは趣味じゃないし。顔も好みじゃないっていうか、髭面キモいし。行こ、ギル」
「うん。ちょっと待って。この依頼受ける」
ブドガルの誘いを断り、僕の手を引き逃げようとする。
この男の前から逃げたいのは同意だけど、その前に狼討伐の依頼書を掲示板から剥がした。
依頼を受けるために受付に向かう僕の背後から、年下の少女に馬鹿にされたことに逆上したブドガルが罵声を浴びせる。
「調子に乗るんじゃねえぞガキが! そんな無能なんかと一緒にいる奴なんざ、たかが知れてる! せいぜい森でバケモンに襲われないよう気をつけるんだな! 俺はお前らが今日のうちにくたばるって賭けてんだからよ!」
それから、奴の取り巻きの笑い声。
僕に浴びせられるならいつものことだけど、ヒカリは大丈夫だろうか。ちらりと横を見る。
あ、怒ってるな。
依頼を受ける申請はつつがなく通った。さっそく森へ行きたい所だけど、その前に武器を買わないと。
木剣は昨日真っ二つになったし、そもそもあれで狼退治はできない。
武器屋はギルドの向かいにある。立地としては最適だ。品揃えも良くて繁盛している。木剣を買ったのもこの店だ。
「いらっしゃい、ギル。今日から冒険者かい」
「はい! 剣を!」
人の良さそうな武器屋の主人に挨拶しつつ、購入を急ぐ。早く森に向かいたい。
僕が今日から冒険者をやることを、この主人は知っている。どんな武器が欲しいかもあらかじめ伝えていたから、主人はすぐに持ってきてくれた。
ありふれた、どこにでもある片手剣。安くて使いやすいのが取り柄。
「もっといい剣もあるよ。ルベルノさんが作った特製の剣も」
「ドワーフの剣なんて手が出ませんよ。稼ぎが安定してからです。じゃあ行ってきます!」
剣の代金を払い、ヒカリを連れて店を出る。その際ギルドの中をちらりとみたけど、ブドガルたちは既に行ったようだ。
僕たちも急がないと。
「ねえ。ルベルノさんって?」
「この街にいるドワーフの鍛冶屋。すごく腕が良くて、彼の作る武器はこの街の冒険者みんなが欲しがってる。高いからなかなか買えないけどね」
鍛冶の才に恵まれているのはドワーフ共通の特徴らしいけど、この種族は閉鎖的で人間嫌いとしても有名。
そのドワーフがなぜ街にひとりで住んでいるのかは謎だ。探ろうとする人もいない。
「そっか。じゃあ買うのは、もっと等級が上がってからか。さっきのあいつみたいに」
ブドガルの態度を思い出したのか、ヒカリは怒ったような口調になる。
「ねえギル。冒険者ってみんな、あんなのなの?」
「全員じゃないよ。人を馬鹿にしない冒険者もいる。……この街だと、みんな僕が異常者だって知っているから、みんなで嘲ろうって雰囲気になるんだ」
「同調圧力って奴か。ギルは、そんな悪い冒険者になっちゃ駄目だよ?」
「大丈夫。目標にしてる冒険者がいるから」
「へえ。誰? さっきギルドにいた?」
「ううん。何年か前に旅に出た。その人はこの街を拠点とする商会の会長の娘なんだけど、いじめられてた僕をいつも庇ってくれた。かっこよかったな」
僕より五歳ほど年上の彼女は、憧れだった。きれいな長い黒髪を今でも覚えている。
お金持ちの娘としての生活を良しとせず、三年前に冒険者登録をして街を飛び出した。
それ以来行方はわからないけど、きっと世界中を旅しながら人々を助けているに違いない。
そう語る僕を、ヒカリは微笑みながら見つめていた。
「そっか。実の姉の他に、目標としたい姉もいるんだ」
「姉? まあ確かに、そんなものかもしれないけど」
「でも今は、わたしがギルを守るお姉さんだよね」
「なんでそうなるの? 守ってくれるのは別にいいけど」
フローティアやあの人にヒカリが対抗意識を持つ意味は、よくわからなかった。
街の門を抜けて森に入る。いつも森に入るルートだから迷うことはない。
道中、ブドガルが殺したらしい狼の死骸がいくつも転がっていた。
それらは一様に鼻の先が切り取られている。討伐証明としてギルドに持ち帰るとお金になる。
「これじゃ、本当に一匹も狩れないかもね。報酬なしってこと?」
「そうでもない。ブドガルが向かう先と、昨日狼を倒した場所は微妙にずれている。あの場所は、僕しか立ち入らないから」
「どういうこと?」
「あそこには、すくなくとも十匹の狼の死体がある。それを今日討伐したことにしよう」
説明しながら、道を少し逸れて木々の間に分け入る。
確かに昨日のまま、狼の死骸がたくさん転がっていた。既に腐敗は始まってるけど、鼻先を切り取るだけなら問題なさそう。
「なるほど。この分は稼げるってわかってたから依頼を受けたんだ。ギルって頭いいね!」
「ううん。全然。それに、この手が使えるのは今日だけ。明日以降はちゃんと依頼を果たしていかないとね」
死骸にたかる蝿を追い払いながら、買ったばかりの片手剣で鼻を切り落としていく。
ヒカリもそれを見て、ブレスレットをつけた右手を天に掲げた。
「ライトオン・ルミナス!」
ヒカリがルミナスに変身する光景も、何度か見れば慣れる。光が剣の形になって、狼の鼻をズバズバ切り落としていくのも驚くことじゃない。
僕がひとつ切り落とす間に、ルミナスが五つほど一気に切断したのは……もっと頑張らないと。
とにかく討伐証明の収集は終わった。鼻を十個袋に入れて、他に獲物がいないかを探す。
依頼で言われていた、農民を襲った狼の群れは、もしかすると昨日倒してしまったあの十匹だったのかもしれない。
けど、他に狼がいないとも限らない。今後のことを考えても、報酬は稼いだ方がいい。




