1-1 彼女がこちらに来るまで
閃光が異形の怪物を夜の闇ごと切り裂いた。
郊外の廃工場の廊下を、光は一瞬だけ照らした。
光を放った少女は結果を見届けずに次を撃つ動作に入る。
狼に似た姿の怪物は断末魔の叫びと共に倒れた。しかし直後、その屍を乗り越え新たな怪物が飛びかってくる。
「ああもう! しつこいな!」
少女は苛立たしげに叫ぶ。さっきから同じことの繰り返し。
閃光が怪物を貫けば、奴らは確かにそれで死ぬ。けれどすぐに新手が押し寄せる。
少女は、現代人としては少々奇妙な格好をしていた。
淡い桃色のノースリーブには所々にフリルがあしらわれていて、胸元には赤いリボン。下は赤い短めのプリーツスカートに、白地に桃色のラインが入ったニーハイソックス。長いサイドテールにまとめられた髪は、日本人離れした鮮やかな金色。
右の手首には金属製のブレスレット。幅二センチほどで、金色の光を放っている。
歳は中学生ぐらい。日本人離れした鮮やかな金髪が暗がりの中で映える。少し釣り上がり気味の目は、怪物を睨んでさらに鋭くなっている。
子供向けアニメに出てくる変身ヒロイン。そんな表現がしっくりくる格好。
そして彼女は本当にそれだった。人知れず怪物と戦い、人々の平和を守る魔法少女。
少女が戦っている今の相手は狼の群れ。
しかし、その狼のうち数匹は、胴から首が二本生えていたり、また別の個体には頭部に目が一つしかなかったりと、一見してまともな生物ではないと確信できる姿をしていた。
この狼は世界にいてはならない存在。だから狩る。
少女は迫る怪物を睨みながら、右手を広げ天井に向けてかざした。直後、手のひらから複数の小さな光球が出てきて宙に浮かんだ。
黄色く光を放つそれは細長い矢に形を変えながら怪物の方へ飛んでいき、その体を数体同時に貫いた。
そしてすぐさま、次に備えて新しい弾を作り出す。けど今度は、出た光球はひとつだけ。
ニ体同時に飛びかかってきた怪物のうち片方の脳天は貫けたが、残る一体がまっすぐ迫り、背中に生えている触手を少女に向けて伸ばしてきた。
「うあっ! ちょっと待って! まさかもう」
慌てて身を引いて、触手を躱しながらブレスレットを確認。さっきと比べて明らかに光が弱まっている。魔力の減少を示す兆候。
飛び道具を使いすぎるとすぐ魔力切れになる。それにしても予想より早い。
補給をしなかったからと、ここ数日のことが頭をよぎるけど、今はそれどころではない。
怪物は続けて少女に触手を伸ばした。少女は飛び道具での攻撃は諦めて、自分から敵に向かって一歩踏み出す。
迫り来る触手に左手を伸ばしてこちらから掴む。触手が手首に巻き付く嫌な感触に耐えながら、その触手ごと怪物の体を思いっきり振った。
廊下の壁に狼の体が音を立てて激突し、衝撃で壁が大きくへこむ。同時に敵の悲鳴が聞こえた。
さらに少女は、右手のブレスレットから魔力を出す。球体ではなく光り輝く剣の形に、魔力を練り上げた。
剣なら折れない限りは使い続けられるから、魔力の消費は少なくて済む。作りたての剣で、壁にぶつけられた痛みで動きの鈍った怪物の体を両断。
その怪物は断末魔の叫びをあげて命を散らした。
怪物の襲来は一旦止んだようだ。狼らしき生き物の死体と血が散乱する廊下の先を、少女は光る剣で照らした。そこに別の怪物がいた。この狼を産み出した、怪物の大元。
上半身は成人した人間の女の姿。血まみれの洋服でスタイルのいい体を覆っている。
その上半身を支える下半身は、六匹の狼だった。
女の上体から狼の体が生えている。そして合計二十四本の足で歩行する。また接合部からは全部で六本の触手が伸びていて、ウネウネと動きながら少女に狙いを定めていた。
さっき切り伏せた狼は、この異形の怪物を守る尖兵に過ぎない。少女が討ち取るべきはこの女の怪物。
そのために数日間、家にも帰らず探し続けた。そしてようやく、怪物の根城であるこの廃工場を探し出せた。
「あら。思ったより耐えるじゃない。もしかしてアタシ、追い詰められちゃった?」
言葉とは裏腹に一切の焦りが見えない口調で、女の怪物は少女に言葉を投げかける。
追い詰められたなどとは微塵も思っていない。
「その通り。あなたはあと何匹、あのワンちゃんを出せるの? それとも、もうおしまい? だったらここで殺す!」
「ふふっ。いいわね。その自信。でも、あなたにアタシは殺せない」
女が触手の一本を振る。その陰に手下の狼が隠れていて、姿を現すや少女に向かって走る。一方女は多数の足を器用に動かし、少女に背を向け逃げた。
「あっ! 待て! ああもう!」
追いかける前に目の前の狼だ。
触手を伸ばし吠えながら迫るそれに、少女は握った剣を構える。
巻きつこうとする触手を避け、剣で狼の胴を貫いた。その生死を確認する時間も惜しく、剣を強引に引き抜いて逃げた女を追う。
廊下を走り階段を駆け上がり、女が駆け込んだ部屋の扉を蹴破る。
元は事務所として使われていたらしい部屋は、今は何もないだだっ広い空間だ。
向こうで女は待ち構えていたのだろう。新しい狼をけしかけてきた。
少女は一歩踏み込み、狼に向け剣を振った。触手と胴体の接合部を刃が薙ぎ、触手が切断される。
なおも勢いのまま肉薄してくる狼の鼻を掴み、床に叩きつけた。さらに先ほど蹴破った扉のノブを掴み全力で閉めた。胴の真ん中で扉に挟まれた狼はその場で絶命。
強引な開け閉めによりガタガタになった扉を再び開けながら、手にした剣を遠距離攻撃用の光球に変える。扉が開いた瞬間視界に入った女に、それを矢に変え放った。
女は冷静に対処した。触手の一本を振り、矢を払い除ける。進路が大幅に変わった矢は部屋の窓をぶち破り、そのまま外へ飛び出し工場に隣接する道に停めてあった車に当たって破壊した。
「うわまずい。ううん、わたしのせいじゃない。大丈夫大丈夫。わたしは壊してない……」
ランプ等はついてなかったし無人だったと思いたい。
それよりも敵だ。飛び道具で勝てないなら、やはり剣でと新しい光の剣を出す。そして女を殺すべく踏み込んで。
「残念。殺されるつもりはないわ。じゃあねー」
「待って!」
制止を聞かず、女は手に持っている小瓶を床に叩きつけた。
ガラスが割れる音と液体が散らばる音。小瓶が落ちた中心から、夜の闇より更に濃い黒が円状に広がっていく。
この円は穴。この女のような怪物が、危なくなると逃げ込む穴。
どこに通じているかは知らない。人間が生きられる場所かどうかもわからないし、知りたいとも思わない。
ただこの女に限らず、怪物どもを何度も逃してきた苦い経験が頭をよぎる。
今回も同じ。女の怪物を支えていた床が穴へと変わり、彼女の体はすとんと中へ落ちていく。少女は剣を光球に変え、なんとか奴の体を貫き殺せないかと狙いをつける。
距離があるからと、一歩踏み出した。そして。
「あ――」
穴の径が思っていたより大きかった。今日こそ奴を殺さないと、という焦りもあった。
踏み出した足が穴に入っていた。少女の体の重心は既に穴の内側に移り、そのまま重力に従って落ちていく。
穴がどこに通じているかは知らない。予想よりもずっと長い距離を少女は落ち続ける。怪物の姿もいつの間にか見失った。
そのまま、少女の意識はだんだん薄れていった。
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