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夢七夜  作者: ナギサ サトル
第二章
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第四夜

 こんな夢を見た。

 自分は働いていた。魚屋、と言っていたが夢の中でそう言われているだけで実際は魚屋とは程遠いものだった。靴と、妙な果実と、ガチャガチャのカプセルがいっしょくたになって売ってあって、でも店主は「今日はスズキが安いよ」と客を呼び込んでいた。自分も一緒になって、道行く人間たちに気づいてもらおうと声を張った。声は遠くに届いて、顔のない影の塊、たぶん人間、がどろどろの手で商品を買っていく。買ってもらえるのがとてもうれしくて、自分は何度も頭を下げた。

 いつの間にか店には行列ができていた。誰もかれも人間のような形を影でくるんで、どこのどいつかもわからない。

 客たちはやけに周りを気にするようにしていたり、逆に王のように尊大であったりとヘンテコな様子だった。自分はにこにこと愛想良く接客をした。なぜだかとても幸せで、喜んでいた。何人目かの客のどろどろの影にまみれた顔の中に、ふと薄くちゃんとした顔が見えた。それは妙に自分にそっくりで、自分は「きぐうですねえ」などとのんきな言葉をかけた。自分にそっくりだ、しかし知らない人だ。まったくもって奇遇としか言いようがない。あるいはあれは自分自身か。とにもかくにも、商品を買ってくれてうれしかった。これで〇〇できる。苦しい日々とはおさらば。〇〇?

 場面少し飛んで、また自分は働いていた。じめじめした、陰鬱な暗い通路。自分は重たい箱を運んでいた。さほど大きくはないけれどずしりとくる重たさで、しばらく抱えていると腕が悲鳴を上げそうだったが、自分は我慢して通路を進んだ。

 足元にうっすらと広がる汚い水が自分の歩みに合わせて気味悪く鳴る。ぴちゃん。ぴちゃん。水の音には癒し効果があると聞くが、ぼうっとした水銀灯が五メートルごとに光るこの通路では不気味さを増大させるものでしかない。あたりを見回せば何かが見えてしまいそうで、自分はじっと目の前の箱だけを見つめた。

 ぴちゃん。ぴちゃん。ぴちゃん。そういえばこの箱は何なのだろう。ぴちゃん。ぴちゃん。自分はふと気になって立ち止まる。ぴちゃん。ぴちゃん。何が入っているのだろう。こんな奇妙な通路を、たった一人で運ばされる箱。何が入っているのだろう。ぴちゃん。ぴちゃん。開けてみようか。ぴちゃん。ぴちゃん。心臓がその甘美な声に高鳴る。指先が震えて、頭が締め付けられるようにがんがんして何も考えられなくなる。ぴちゃん。ぴちゃん。開けてみようか。ぴちゃん。ぴちゃん。ぴちゃん。ぴちゃん。段ボール製の蓋をそっとつまんで引き上げる。ぴちゃん。もう後戻りできない。中身を覗き込む。ぼやけた水銀灯に照らされたそいつは、ぴちゃん。自分の顔。首から下をさようならした、自分の首。

 「おや、きぐうですねえ」

 「まさに奇遇」

 自分の顔はそう言って、力なく微笑んだ。見れば首の断面から血が垂れている。なるほどだから、立ち止まったのに水音はし続けていたのか、と自分は納得した。

 「それでは、さようなら」

 自分は中身が分かったことで安心して、もう一度蓋をして、通路を再び歩み始めた。ぴちゃん。ぴちゃん。これを届ければお金がもらえる。お金がもらえれば○○を助けられる。今まで自分を助けてくれた〇〇に恩が返せる。〇〇?

 場面再び飛んで、今度は明るい部屋の中。まだ、自分は働いていた。白くちかちかした蛍光灯に照らされて、自分は何かを作っていた。奇妙な人形焼きのようなものを箱に詰めるだけの、簡単な仕事のようだった。質素なプレハブ建てのような小屋の中で、パイプ椅子に座ってひたすら箱に人形焼きを詰め、ふたをして足元の段ボールに綺麗に並べていく。人形焼きはなぜか初めの魚屋で売っていた靴のような形をしていた。

 つめて、蓋をして、並べて。その中で、少し腹の減っていた自分は人形焼きを一つつまんで食った。もぐもぐと味わいながら、おっとこいつは怒られてしまうかもしれない、不味いことをした、と慌てて周りを見回した。誰か今のを見てはいなかっただろうか。怒られたらお金が減らされる。お金がなければ〇〇にご飯を食べさせてやれない。また、腹ペコの日々に逆戻りだ。それだけは避けなければならない。〇〇?

 周りの人は誰もこちらを見てはいなかった。正確に言えば、誰もどこをも見ていなかった。周りの同僚たち?はみなうなだれたり、あるいは遠くをぼんやりと眺めたまま死んでいた。死んでいたのかもわからない。あまりにも人形じみていて、もともと生きていたかさえ怪しかった。

 そのマネキンのような同僚たちを見て、自分は妙な既視感に首を傾げた。なんとなく、どこかで会った気がする、誰だっけ?そうっと伸びあがって、顔を覗き込む。自分だった。

 なるほど道理で会ったことがあるわけだ。それにしてもたくさんの自分がいるなあ。

 「きぐうですね」

 自分は誰に聞かせるでもなく口にした。実に奇遇。もしや運命だろうか、とすこしわくわくする。

 そういや食べてしまったところは見られていなかったな、と安心して、自分は作業に戻った。小さな窓から見える日が傾くまで人形焼きを詰め続けて、やっと仕事は終わった。ふう、と一息ついて顔を上げると、同僚は一人残らず消え去っていた。かわりに、目の前に封筒が現れていた。

 お給料だ!自分は飛びついて、中身を確かめる。分厚くは無かったが、自分たちには十分な量だった。これで、これできょうだいたちを養える。お母さんたちを助けてあげられる。今までの長い長い苦しい生活が思い出された。お腹が減って減って、とても苦しかった毎日。それでもきょうだいたちと協力して、お母さんたちを助けた毎日。ずっと自分が稼げれば、と思っていた。ついにそれが叶った。これでお腹いっぱい食べることができる。なんと素晴らしいのだろう。なんと幸せなのだろう!自分はうれしくて、封筒を抱えて飛び出した。

 自分は家にたどり着いた。勢いこんでぼろい扉を開く。明るい報せが家中に聞こえるように、声を張り上げる。

 「ただいま!おかねがてにはいったよ!」

 しかし喜びの声は返ってこなかった。電気もついていないし、そのほかの音もことりとさえしない。自分は不安になって、急いで中に入った。

 廊下、いない。居間、いない。子供部屋、いない。洗面所にもトイレにも庭にも、誰もいない。奥の倉庫にも誰もいない。お母さんたちの部屋にもいない。きょうだいたちとお母さんたちはどこに行った?せっかくお金を持って帰ってきたのに、いったいどこへ行ってしまったのだろう?心臓が嫌な予感にばくばくと高鳴る。

 自分は最後に、台所に足を踏み入れた。いつも通りのからっぽの貧乏な台所…ではなかった。今朝がたくらいの調理の後がみられるその台所を見て、自分は思い出す。

 そうだ。今朝、みんな食べ終わっちゃったんだった。


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