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ギャルゲーの攻略対象だったようなので

作者: 青黄 白

「リーズって本当にかわいいな。ついつい頭を撫でたくなるよ」

「えぇっ! は、恥ずかしいよぉ……」


 女子生徒の声を褒めたたえる男子生徒の名前はピエール・ユマン。このアニマーリア学園に半年程前に転校してきた男子生徒で、学園唯一の()()の生徒である。

 そんな彼に褒められて嬉しそうに頬を染めるのがリーズ・ラピヌ。長く垂れた耳と、ちまちまとした動作が特徴的な、兎族のロップイヤー。

 ここは様々な種族の動物の亜人が通う、アニマーリア学園。亜人たちが他族との交流を深めつつ、環境や他族について学び理解し合う場所である。

 本来なら亜人しか通えない学校なのだが、何らかの手違いにより、1人の人間(ヒューマン)が転校して来てしまった。それが、ピエール・ユマン。

 ピエールは非常に友好的な性格で勉強も運動もできる生徒で、学園側の手違いとはいえ優秀な生徒を追い出すことは出来なかった。結果、学園唯一の人間として有名になったのである。


 彼らが自分たちの教室でいちゃつく様子を見ていたのが、ジゼル・ヴォラテイル。透明感のある声と、背中から生える黄色の翼を持つ鳥族のカナリアだ。ジゼルは人目を憚らずにいちゃつく2人を見てため息をついた。昼休みとは言え、節度を守らない2人の様子にイライラしたのか、おもむろに立ち上がると教室を後にした。

 ジゼルが苛立っていたのは、ピエールに対してである。つい先日、ジゼルはピエールに「ジゼルの声って、ずっと聞いていたくなるくらい綺麗な声だよな」と褒められた。それが他の女子に対してもサラッと褒めたり頭を撫でたり頬に触れたりするなんて、信じられない。あの時喜んだ自分が馬鹿らしい。

 ジゼルは怒りの勢いに任せて廊下を飛び出し、屋上へ向かった。屋上から飛び立つことは禁止されているが、空を見ると落ち着く。一旦落ち着こう、そう考えながら早足になっている彼女を、不幸が襲う。


「うわっ!」

「きゃあ!」


 階段から降りてきている男子生徒と、そのままの勢いでぶつかってしまった。足がもつれ、バランスを崩す。突然の出来事に思考を働かせる暇もなくジゼルの体は階段の下へと放り出され、踊場へと叩き付けられた。


「大変!」

「誰か先生を――」

「保健室に――」


 周りの騒ぐ声をがどんどん遠のいていき、ジゼルは意識を失った。






 目の前にぼんやりとした映像が流れ始める。始めはそれが何か分からなかったが、徐々に鮮明に移り始めたそれに、ジゼルは見入ってしまう。

 どこかの部屋だろうか。物が乱雑に置かれたその部屋に、一組の男女がいる。男――といってもまだ幼さを感じる――は真剣にテレビにむかっている。女――こっちもまだ女性というには程遠い――も一緒にテレビを見ている。


 ――よっしゃ! ハーレムエンド回収!

 ――すごいお兄ちゃん、これで隠しキャラが攻略できるね!

 ――俺はベアトリスルートが良かったな

 ――私はリーズかなぁ。ジゼルも良かったけど

 ――ジゼルルートはめんどくせぇだろ


 ジゼルはその様子を上の方から見下ろしているようだったが、その内に気が付いた。


 あれ私だ。


 正確に言うと女――妹の方。そう、兄がやっていたギャルゲーを見てそう言った記憶がある。全てのキャラクターの個別エンディングを見て、その後に解放されるハーレムエンド。そして更にその後に出現する隠しキャラ。その隠しキャラを踏まえて迎える真・ハーレムエンド。ハッキリ言って途中から作業ゲーと化すそのゲームは非常にめんどくさそうだったが、各キャラクターの個性、イラストのクオリティ、声優の仕事っぷり。どれも気に入っていた兄がやり込んでいたゲームだ。

 そうだ、そのゲームの舞台は――


「アニマーリア学園っ?!」


 目が覚めると、保健室にいた。いや、そんなことはどうでも良かった。それよりジゼルが気になったのは。


「私、攻略対象じゃん……」


 アニマーリア学園唯一の人間であるピエール(デフォルト名)・ユマンという主人公を操り、学園でかわいい女の子たちと恋愛を楽しむゲーム。タイトルはうろ覚えだが、キャラクターには覚えがあった。ちなみにゲーム紹介文は「かわいい動物の女の子たちと仲良くなろう。目指せ、アニマルハーレム!」だ。何だそれと何回ツッコんだことか。

 攻略キャラクターは全部で7人。

 ロップイヤーの亜人、リーズ・ラピヌは、人懐っこくて無邪気。

 ハリネズミの亜人、ベアトリス・スリは、マイペースな甘えんぼう。

 シマリスの亜人、クロエ・エキュルイユは、内気で臆病。

 カナリアの亜人、ジゼル・ヴォラテイルは、クールで大人しい。

 ロシアンブルーの亜人、ブランディーヌ・ミネは、プライドが高くて気まぐれな先輩。

 パピヨンの亜人、ミシェル・シヤンは、病弱だけど頭が良い後輩。

 隠しキャラは、まだ攻略していないから詳細は不明。


 ジゼルは混乱した。自分だけど脳のどこかで()()をゲームの世界だと思っていて、主人公・ピエールの選んだルートによってはハーレムメンバーにされてしまうと考えている。


 そんなの困る!


 さっきまではピエールとリーズに嫉妬していたが、今はそんなことどうでも良かった。ジゼルはたくさんの中の1人として愛されたくない。1人の人と真剣に愛し合いたい、大切にしてほしい。それが望みだった。自分が攻略対象で、ハーレムメンバーの一員になる可能性があるなら、それは回避しなくては。ギャルゲの攻略対象になんかならない。


「私は、自分で自分の相手を見つける……!」


 幸いそれを目的に学園に通っている人も少なくない。早々に行動に移さなくては――。

 いつの間にか保健室に戻ってきていた保険医の声を尻目に、ジゼルは燃えた。




 *****




 こういうのって普通、乙女ゲームじゃないの?

 ジゼルは不満だった。階段から落ちたあの日を皮切りに様々な記憶がジゼルの脳には蘇り、そのことに抵抗もなくなった頃、乙女ゲームの存在を思い出した。

 ジゼルが以前見たことのある物語では、男性キャラクターからアプローチされたり、女性キャラクターとの女の闘いがあったりするものだが、何故かジゼルは今自分の相手を探している。ピエール以外からは、追われるんじゃなくて追う方なんだと思うと、女として複雑だ。

 しかしそのピエールは複数の攻略対象たちと親密になっていっているのが分かる。そのまま順当に進めばハーレムエンドだ。その中に入ってたまるか。ジゼルを突き動かすのはもはや執念かもしれない。


「あ、あれは……」


 廊下側の席を生かして今日も観察に励んでいるジゼルの視界に、2人の男子生徒が入った。

 1人目はリュック・エレファン。アフリカゾウの亜人で、いわゆる主人公に攻略対象の情報を教えたりするお助けキャラだ。

 2人目はアロイス・ルーヴ。ハイイロオオカミの亜人。主人公のハーレムエンドにのみ登場し、TPO関係なくいちゃつき始める主人公たちを咎めるだけのキャラ。プレイ時はやれやれ嫉妬かと思ったが、正常な判断だと今は分かる。学校なのに女子を膝にのせて触れ合うのはどうかと思う。


 ――待てよ?


 あることに気が付いた。オオカミって確か、一夫一妻の習性を持つ種族だ。ジゼルはアロイスを上から下まで眺める。

 グレーの髪にキリッとした目元。高い身長に引き締まった身体。ふかふかそうな耳と尻尾。

 めっちゃいい条件じゃないか。何故他の女子生徒は彼を放置してピエールピエール言っているのか。つい先日までその中の1人だったことを棚に上げ、ジゼルは早速彼に近づく準備を始めることにした。


「そういうわけでリュック様。アロイス様の好みの女性を教えてください」

「お、おう……」


 ジゼルの考える準備、それはお助けキャラ・リュックに聞くことだった。リュックは驚いているが、ジゼルからしたら画面越しのお助けキャラが目前になっただけだったので違和感はなかった。リュックはかなり困っていたが。


「と言っても、アロイスの好みなんて知らないなぁ」

「……」


 寸でのところで「使えない」という暴言を飲み込んだ。


「でも僕が見た感じだと、活発な女性より淑やかな女性が好きだと思うよ。女性からグイグイ来られると引く可能性が高いから、自然に近づいて行ったほうがいいかもね」

「なるほど。例えば、私が1人で歌っているところを目撃して恥ずかしがられたり、羽ばたいているところを目撃させたりしていけばいいということでしょうか?」

「すごく具体的だ!」


 今のはジゼルルートの序盤のイベントだ。彼女のルートを兄がめんどくさいと言っていたのは、ランダムで決まる天気に振り回されるからである。歌うのも羽ばたくのも、晴れじゃないと起こらないイベントだ。天気の要素がランダムなので狙って起こしにくい。ちなみにその後雨の日限定イベントも待っており、三重でめんどくさい。

 しかしそれは主人公側の話。ジゼルが狙って起こせば問題ない。今日からアロイスの行動パターンを研究せねば。






 イベントその1。放課後、屋上で歌うジゼルの歌声に聞き入ってしまう主人公――ではなくアロイス。が、アロイスに屋上に行く習慣がなかった。さすがに大声で歌うのに開放的な場所じゃないと恥ずかしい。かと言ってどこを狙えばいいのか。ジゼルはアロイスを探しつつ、いい場所を探しながら校内を歩いた。

 すると合奏部だろうか、音楽室から軽快な演奏が聞こえてきた。好きな曲だ。放課後だから、部活だ。そういえばアロイスは何部だっただろう。曲に合わせて鼻歌を口ずさみつつ、何となく音楽室の方へ向かってみる。

 音楽室に近づくにつれ、曲もクライマックスになっていく。ジゼルも思わず羽を使って超低空飛行をして廊下を進み始める。

 突然、ジゼルが横切ろうとしていた教室の扉が開いた。


「えっ!」

「わっ」


 超低空飛行中のジゼルは咄嗟にブレーキが出来ず、出てきた人物とぶつかってしまった。またしても。しかし今回は相手が倒れなかったため、その人に抱きとめられる形となった。


「悪い、大丈夫か?」


 いい匂い――と思って顔を上げると、探し求めていた人物、アロイスだった。


「すすすみませんでした!」


 アロイスは耳をピンとたて驚いたような表情になってから、ジゼルを支える腕をそっと外した。


「今の鼻歌は君が?」


 もしかして今の拙い鼻歌、聞かれていたのか。

 ジゼルは真っ赤になった。きちんとした状態で歌っているならまだしも、テンションに任せた鼻歌なんて人に聞かせるものじゃない。それをまさかアロイスに聞かれていたなんて!


「わ」

「わ?」

「私じゃないですぅっ!」


 ジゼルは大嘘をついてその場から逃げるように飛び去った。




 イベントその2。羽ばたいているところを見せる。もう見せたような気がするが、気のせいである。とにかく今度はきれいな状態のジゼルを見て貰わなくては。今度のイベントは中庭だ。中庭だったら、たまに昼休みにアロイスが出現している。

 その機会は思ったより早く訪れた。アロイスが中庭で女子生徒に告白されている場面を、2階からたまたま目撃してしまったのだ。

 アロイス、ちゃんとモテてた……。

 ジゼルはここでアロイスの競争率の高さに気付かされ、アロイスをターゲットから外そうと考えた。一夫一妻の習性があるのは狼に限ったことじゃないはず。あまり1人に固執すると、他のいい条件の男子生徒がいなくなってしまうかもしれない。

 後ろ髪を引かれる思いで、ジゼルはアロイスを追うのをやめた。


 その翌日の放課後、ジゼルは屋上に来ていた。

 フェンスに寄りかかって空を見上げる。追うのはやめたが、アロイスの見た目は気に入っていたので、がっかりはする。いや、むしろあれは一目惚れなのかもしれない。廊下でリュックと話す彼を見た時、直感でこの人だと感じたのだ。


「これは失恋なのかなぁ……」

「誰がだ?」


 振り向くと、アロイスが立っていた。今まさに、というタイミングで現れたアロイスに心臓がはねたジゼルは、その場から逃げようと翼を広げた。失恋相手と正面切って話すのは、今は辛い。


「待て!」


 腕を掴まれ、力の弱いジゼルは飛び立てなくなるがそこで突然冷静になり、屋上から飛び立つことを禁止されていることを思い出す。謝ろうと思ったが、強く腕を引かれてアロイスの正面に立つようになってしまった。

 言葉を失うジゼルに、アロイスは思いつめたように告げた。耳と尻尾は力なく下を向いている。


「やはり私は、君に嫌われてしまっただろうか」

「え……?」

「あの時君を受け止められなくて悪かった。だがあまり露骨に避けないでくれないか?」


 あの時とは、いつのことだろうか? 音楽室に行く途中なら受け止めて貰ったから転ばなかったし、あとは接触したことなんてない。


「あ、あの時っていつですか?」

「覚えていないのか? 階段でぶつかってしまった時だ。私が咄嗟に君を掴めなくて、君は階段から落ちてしまった」

「――っ!」


 あの時ぶつかったの、アロイスだったの? ジゼルは全く気付いていなかった。確かに教室前でぶつかった時、「またぶつかった」と感じた。あれは再び人とぶつかることではなく、アロイスとぶつかることへの感覚だったのか。

 とにかく、誤解を与えていることに気付いたジゼルは、慌てて弁解した。


「嫌いなんかじゃありません! あの時は完全に私の不注意ですから!」


 むしろ好きですとは言えなかった。必死なジゼルを見つめ、アロイスは嬉しそうに微笑む。さっきまで下がっていた耳は上を向き、尻尾は立って左右に揺れている。


「それなら良かった。思いを寄せる相手に嫌われていたらどうしようかと」

「だからそれはないで――へ?」


 幻聴? 夢?

 耳まで真っ赤になったジゼルは、何も考えられなくなった。アロイスはジゼルを腕の中へ閉じ込める。それだけでも意識が飛んでいきそうだったのに、更に追い打ち。アロイスは自身の唇をジゼルの耳に押し当て、そっと囁いた。


「ジゼル――君のことが好きなんだ」


 ジゼルの記憶はそこで途切れた。

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